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子育て日記

拾ってきた時に既に妊娠していたチャミ。
そうとは知らなかった私、マツ、そして何より初めての妊娠・出産、子育てに奮闘したチャミの幸せな(?)マタニティーライフをつづります。

おあいそ講座

チャミの子どもたち


●想像妊娠?!
 野良時代の栄養不足が解消されたせいか、チャミはぐんぐん体力がつき、よく食べるのもほほえましく…。ところが、その食べ方が次第に尋常ではなくなりました。次々にお替りを要求する様は、デブへの道まっしぐらだったマツを彷彿とさせ、私はチャミに食事制限をさせました。一方、妊娠も疑いました。チャミの人懐っこさは飼い猫だった証だろうし、家出していたのだとすれば、発情期だったからだろうし・・・。動物病院にも行きました。先生曰く、
「猫は想像妊娠しないから」
 いや、そうじゃなくて…。と言えず、その後も、チャミのお腹は大きくなり、時々、腸のようなものが盛り上がってみえることもありました。触ると、その飛び出た部分がチャミのお腹の奥へと逃げるのです、おかしい!
「チャミが太っちゃったの。先生は妊娠じゃないというの。腸の様子がおかしいかもしれない。私がお腹を触ると、その腸が逃げるように動いたりもするの」
 チャミを見た友人は、きっぱり言いました。
「MYちゃん、まちがいなく妊娠だよ。医者変えたら?」
 すがるような思いでまたまた動物病院へ。
「先生、やっぱり妊娠してると思うんです」
 キャリーバックから出され、診察台に横たわるチャミを見た先生曰く、
「あ、ほんとだ…」
 ほんとだじゃないよ、先生!!!!!

●どうしよう!
 チャミは既に臨月でした。開口一番の私の言葉は「どうしよう」。実は、私は猫好きだけれど猫アレルギー持ちでこれ以上は飼えず、チャミの妊娠は死活問題だったのです。そこで、1回目に妊娠を疑って動物病院を訪れた際に、チャミの避妊手術を申し出ているのです。先生には、体力がついてからにしようと却下されましたが・・・。あの時、無理やり手術してもらっておけば! 申し訳ないけれど、そういう想いも交じった「どうしよう」でした。先生、助手のみなさんが、一斉にこっちを見ました。
「いえいえ、ちゃんと生ませますよ。でも、骨盤ゆがんでるから生めるかなと思って」
 そう、ここまで来たのなら生ませる覚悟はするけれど、無事に出産できるのかという問題があるのです。チャミは交通事故で骨盤を損傷しているため、子どもがスムーズに出ない可能性もあったからです。先生は、レントゲン撮らせてねとチャミを連れて行きました。
「5匹いるよ」
 私の覚悟はしぼみそうでした。レントゲンにはシシャモのようにきれいに並んだ4匹と、その裏側に横たわる1匹の影が写っています。この子が、私が触ると逃げていった「腸」なのかな? それにしても、5匹も…。飼い主、見つけてあげられるのかな?????

●栄養がほしい!
 体力が復活すると共に食欲が増大したチャミ。しかし、原因が妊娠だとは気づかなかった私は、マツの二の舞になってはいけないと、チャミに食事制限を課していました。いくらほしがっても、できるだけ与えない。私の「できるだけ」が甘いことはマツで証明済みだけれど…。そこで、チャミは栄養を求めて食べられるものなら何でも食べました。マツがセミを捕まえた時のこと。自慢げにベランダから持ち帰ったセミを見て目をランランと輝かせたチャミ。マツはと言えば、横取りされてはなるまいと、口からはみ出てバタバタしているセミの羽を左前足で起用に口の中へ押し込もうとしているではありませんか。あまりにも気の毒で、私はマツひとりを四畳半に入れ、セミと遊ぶ時間を設けてやりました。待つこと約5分。マツの興奮が収まってきたのを見計らい、セミをよこせと襖をガタガタさせ続けていたチャミを入れてやると、パク!ムシャムシャムシャ。あっとう間にセミはチャミの胃袋へと納まりました。野良時代はこうしてタンパク源を補っていたのね、と勝手な解釈をした私でした。

●食べる、走る、食べる
 妊娠していると分かってからは、食事制限は撤回です。食べ終えると下げられていたお皿は出しっぱなし、エサは食べ放題。当然、マツも食べ放題になりましたが、取りあえずマツのダイエットはおあずけです。それより、なにより、臨月まで十分な栄養が行き渡らなかったであろうお腹の子ども達が心配でした。いまから急に栄養を補って、ちゃんと成長するのだろうか。生まれたら授乳だけど、チャミのエサにカルシウム剤を混ぜて骨のことも気にした方がいいのだろうか・・・。私の心配をよそに、チャミは食欲に任せて食べる、食べる!食べるとどんどん体力が戻り、ますます元気になって、アルミの玉を追いかける迫力も増していきました。勢いがよすぎて体重を支えきれず、転げ回る回数も増えました。ドッターン、バッターン。その度に、大きなお腹はフローリングに叩きつけられることになりました。あんな状態で表面に見えていた「腸」たちは大丈夫なのだろうか…。チャミが元気に走り回る度に、「あなた妊婦なんだから、もう少し大人しくしたら?」とオロオロするばかりでした。

●いつ生むの?
 チャミの妊娠が正式(?)認められたその日、先生は5日後には生まれるだろうと宣言しました。私は、その出産予定日に向けて「猫の飼育法」に関する本を購入し、モロモロの準備を始めました。まず、産褥の準備。ダンボール箱の半部を屋根状に残し、新聞紙を刻んで入れておくといいらしい…。そして、出産までにその箱に慣れさせる必要がある? じゃあ、彼女お気に入りの押し入れ下段にセットして、ふむふむ。先生からは、骨盤のゆがみによる難産が心配されると言われたため、「猫の病気」に関する本も購入。羊膜はすぐに取って水気をふき取る。胎盤は食べさせない。窒息状態で生まれてきたときは、頭を外に向けて手のひらで包むように持ち、軽くふる。あるいは鼻に詰まった水を吸い出す。手首のスナップの利かせ方も練習しました。夜明け、明け方に辺りをウロウロ落ち着きなく動き回ったら、いよいよ出産です!
「いきみ始めて30分経っても1匹目が生まれなかったり、体の一部が出ても30分以上出でこなかったりしたら、夜中でもいいからすぐに動物病院に連れて来てね」
 先生の言葉が頭をグルグル回ります。ほんとに無事に生まれるの???

●無事、生まれるの?
 交通事故による損傷で骨盤がゆがんでいるため、子どもの頭がつかえて出てこない危険がありました。万が一に備え、私はチャミの出産には立ち会わなければなりません。幸い、私の仕事はフリーランスだったので、スケジュールを調整して出産に臨みました。
 いよいよ予定日。夜中にチャミが起きあがれば共に起き、生む気配がなければ布団に戻り、朝方、ゴソゴソという音が聞こえたらまた起き…。そんな日が3日も過ぎました。
「先生、生まれないんですけど」
 チャミを連れて動物病院を訪れた私は、寝不足でヨレヨレです。先生は笑いをこらえているようです。人間の妊婦のお腹を見る時と同様の超音波マシーンが、チャミのお腹に当てられました。
「5つとも心臓が動いているから大丈夫」
 画面を見ても、どれがどれだかまったく分からず…。ただ、小指の先ほどのものがペコペコしているのはかろうじて分かりました。先生には計5つ、無事に動いているのが見えたようです。
「もう2・3日の内には生まれるよ」
 今度こそ、本当でしょうね?!先生!

●チャミ、産気づく!
 チャミの出産に備え、仕事を調節してきた私ですが、その日はどうしても出かける必要がありました。私が作・演出でお手伝いしたミュージカル風シャンソンの、本番前最後のリハーサルがあったからです。ところが!とうとう始まってしまったのです、お産が!
 朝から部屋中をウロウロしていたチャミでしたが、私が少し目を離した隙に姿を消しました。慌てて探すと、私が準備万端整えた押入れではない押入れに入り込み、は、破水しているではないですか! 人間の出産だって経験してませんが、押入れの床とチャミの下半身が生暖かい水でベタベタになっていたので、そう思いました。すぐに時間をチェック。今から30分して一匹も生まれなければ病院へGO! です。自動車の免許がなかった私は、車を出してくれる人員も確保し、わが家で待機してもらいました。それから、ミュージカルのメンバーに電話です。
「こんな大変な時にごめん。産気づいちゃった」
 猫好きであり、チャミの事情を知っていた友人は、私が産婆をすることを快く許してくれました。

●立会い分娩に
 ものの本によると、出産中は野生に目覚め、人が側にいると警戒して生まなかったり、生んだ子どもを食べてしまうこともあるとあります。私は、その場にいるべきかどうか悩みました。ところがチャミは、く〜んと鼻で鳴いて、何かを訴えるように私を見つめるのです。私は言いました。
「大丈夫よ。側にいてあげるから」
 と言っても、私にしてあげられることは何もないけど。とりあえず、濡れた床に新聞紙を敷き、チャミに腕ならぬ手枕をしてあげ、ベタベタの体を拭きながら、その場で見つめていました。

●第一子誕生!
 20分も経った頃でしょうか。チャミのお腹が、突然、この世のものとは思えないほど、大きく膨らんではしぼんだのです。まるで、ぺしゃんこの風船に一気に空気を吹き込んだように、1回、2回。なんだか苦しそうだけど、いきむというのは、この状態のことを言うのだろうか??? そして、3回目、チャミのお尻のあたりに袋状のヌルッとしたものが出始めているのが見えました。出てる! チャミを驚かさないよう、心で叫んだ私は、タイムリミットを30分後としました。もし、この状態のまま生まれなければ、病院に運ぶぞ! そして、数分後、するりと滑るように袋が出てきました。と、チャミは素早く、子どもが包まれている袋を噛み切り、子どもを舐めました。ミーとも、ピーともおぼつかない小さな声があがっています。第一子、無事誕生です! 私は、一匹目の生まれた時間と体の模様の特徴を瞬時にメモし、次の子どもが無事に生まれてくるかを見守りました。
 生命の誕生という貴重な瞬間はもちろん、感動的でした。そして、なにより感動したのが、チャミが子どもの袋を噛み破り、後産で出て来た胎盤もあっという間に食べてしまうことでした。誰に教わったわけでもなく、自然に出産し、後始末をするチャミに脱帽でした。

●一卵性双生児?
 当時の私のメモによれば、チャミが破水したのは、2000年7月20日、15時頃。15:55に第一子(プリン)誕生。16:20第二子(石原さん)誕生、16:35第三子(大吉)誕生、16:55第四子(ハナ)誕生、17:30第五子(みぞれ)誕生。そして、石原さんと大吉の部分には、「一卵性」とも書き込んでありました。なぜなら、石原さんの後に後産がなく、大吉が生まれたから。ものの本によると、一匹に対し1回の後産がありますが、後産がなく次の子が生まれたら、その子は双子らしいのです。しかし、石原さんは白ベースの女の子、大吉は全身茶トラの男の子。この二匹が一卵性双生児だとはとても思えませんでした。
 また、ものの本には、後産で出た胎盤は、普通、親猫が食べてしまうけれど、おなかを壊すので食べさせてはいけないとも書いてあったのですが、ムリでした。ものすごい勢いでチャミが食べてしまったからです。子どもを舐めて乾かしつつ、後産が出たらサッと上半身を起こして一気に食べる。そのあまりの早さ、そして、力強さにはびっくりでした。そこで、別のものの本に書いてあった「栄養があるため食べさせてもよい」という説を信じることにしました。チャミは、その後、もう一つ胎盤を食べ、計2個食べただけだったので、心配は無用だったようです。

●産婆MYの活躍
 15〜30分間隔で、出産と後産を繰り返すチャミは、2匹目を生み終えた頃から体力をなくし始めました。そして、第四子・ハナが生まれた時は、生みっぱなしで横たわってしまったのです。しかも、生まれた子が鳴かない! 私は慌てて子どもを取り上げ、顔に被ったままになっている羊膜をはがし、ティッシュで鼻のあたりの水分を取ってやりました。か細い声があがるようになったので、その口をチャミのおっぱいに持っていきました。それから、後産で出た胎盤とつながったままになっているへその緒をどうしたものかと考え、ハサミをレンジで焼いて消毒し、おなかから数センチあたりで切ってやりました。ものの本に書いてあった通り、「へその緒を引張らない、2〜3cmのところで切る」と頭の中で唱えながら・・・。
  チャミはと言えば、もう子どもの体を舐める力も、後産を食べる気力もなくし、次の陣痛を待つかのようにぐったりと横たわっていて…。しかたなく、私は胎盤を片付け、子ども達の体の水分を拭き、おっぱいからはぐれた子どもがいれば、チャミの乳房に吸いつかせることを繰り返しました。そして、無事、最後の子が生まれた後、私は心配をかけた友人一同に連絡をしました。
「5匹、全部無事に生まれたよ!」
 その夜、次から次へと友人が子猫を見にやってきて、我が家で大宴会が始まったことは言うまでもありません。

●隠ぺい工作
 大人約10名が大集合して大宴会となった我が家では、(一応、チャミを刺激しないようこっそりではありましたが)みんなが代わる代わるチャミと子どもが寝る押入れを覗いたり、生まれたばかりの子どもを(一応遠慮がちに)手にのせたりしていました。チャミはといえば、怒るわけでもなく、されるがままにされていたので、子どもが人間に触られても平気な母猫なのかと思っていました。が、それは大きな勘違いでした。
 翌日。保険の外交員をしている友人がやって来たので、生まれたばかりの子ども達を見せてあげたのですが、しばらくすると、いつもの押入れから、子どもが数匹いなくなってしまったのです! 私はチャミの口元が血で汚れていないこと(食べたのではないこと)を確認すると、押入れという押入れを探しました。すると、チャミがもう一匹をくわえて運んでいくところを発見! 後を追うと、薄暗い四畳半の押入れの二段目奥に、チビ達が塊になって眠っていました。私がチビ達を二段目から降ろしている間にも、次の子どもを運んで来ようとしています。昨晩は出産後で疲れていて抵抗できなかったけれど、本当は子どもを人目に触れさせたくなかったようです。しかし、押入れの二段目では、子どもが誤って落下する可能性があると判断し、子どもとチャミを元の押入れに戻し、以降、子どもが出てくるまで、絶対に覗かないことを約束しました。と言っても、言葉が通じませんから、入らせたくない押入れは全て、チャミが簡単に開けられないよう封印しただけですけれど・・・。

●生後10日
 私のメモによれば、この日、子猫達が押入れから這い出してきたようです。と言っても、本当に入口付近から顔を覗かせただけですが、押入れの中を(できるだけ)覗かないようにしていた私としては感激でした(子ども達が眠っているところは、こっそり、度々、覗き込んでは眺めていたんですけどね)。
  また、この頃になると、チビ達に明らかな体格差が出てきました。特に2番目に生まれた石原さんの成育が悪く、茶トラの大吉や最後に生まれたみぞれに比べると、ひとまわり小さい印象を受けました。特に、男の子である大吉は他の子より手足が太く、体もガッチリしていました。また、よくよく観察してみると、成長のいい子と悪い子では、吸い付くお乳の位置も違いました。体の大きい子は、チャミの顔にできるだけ近いお乳を吸い、生育の悪い子になればなるほど、下半身の方のお乳を吸うのです。石原さんのように、おっとりしていて、体も小さい子は、他の子に押しのけられてしまって、乳房にさえたどり着けない内に、チャミが授乳をやめてしまうこともあるようでした。
 一方、チャミはヒマさえあれば子どもを一匹、一匹捕まえては、お尻をなめてあげていました。しかし、どうも唯一の男の子である大吉のことがお気に入りのようで、他の子よりグルーミングの時間が長い気が・・・。家猫達の中にも、野生動物の厳しい掟が息づいているようで、複雑な気持ちになりました。

●子ども部屋
 チャミと子ども達は、隠ぺい工作事件以降、お産をした押入れを子ども部屋としていました。しかも、押入れに向かって中央より左側は寝室、右側は遊び場兼トイレと決めたようで、寝室側の押入れの床を排泄物で汚すことは一度もありませんでした。そこで、私は右側の床に段ボールとビニールシートと新聞紙を敷き、マメに汚れを取り替えるようにしていました。
 子ども達は、中央に置かれた電話帳3冊をジャングルジムに遊んだり、その後ろに空いたわずかな隙間を移動して寝室に行って寝たり、遊び場に敷かれた新聞紙をビリビリやぶいて遊んだり、とにかく、遊びまわり、お乳を飲み、遊びまわり、眠りを繰り返していました。チャミは、授乳中は体温が上がるらしく、授乳が終わると子ども達のもとを離れて冷えたフローリングにドタリと体を横たえて眠りました。その話を妊娠経験のある友人にしたところ、 「分かるわ〜」とのこと(そ、そうなの?!)。 さて、マツは、子どもが生まれてからストレスのせいか下痢を繰り返したり、背中の毛は逆立ちっぱなしになったり。挙句の果てには、エサの時以外は天袋で過すようになってしまいました。

●生後20日
 これまた私のメモによれば、生後約20日目、大吉が初めてカリカリごはんを食べたようです。この少し前から、段ボール箱や新聞紙、人の指などに噛み付くようになっていたため、そろそろ噛みごたえのあるものを身近に置いておこうと、エサを入れた器を近くに置いておいたのですが、それが功を奏しました。
 その日、大吉が興味ぶかげにエサのお皿の中に入ったのを発見。親のエサではサイズが大きいのかな? と思い、買い置きしておいた子猫用のエサと入れ替えてみたのです(この子猫用のエサですが、小指の先くらいの大きさのくせに、いっちょこまえに一粒一粒お魚の形をしてるのです。かわいいったらないです)。すると、大吉は噛みごたえというか、食感を楽しむように、次から次へと食べ、食べ終わった後には、な、なんと顔まで洗ったのです! おっぱいを飲んでいた頃は、食後に顔を洗うなんてしなかったくせに・・・。
 また、同じ日、私の足に噛み付いてきたプリンの口元にも子猫用のエサを持っていくと、これもまた食べました。しかも、「ピキュア!」と感嘆の声をあげながら。まるで、「何これ!? おもしろい!? うまい!?」と、食べるという行為そのものと、初めて口にしたものの味を不思議がっているようにも聞こえて、おかしくて。以来、子猫達は一匹一匹離乳を始めたのです。

●初ウン○
 カリカリを初めて食べた2日後、チビ達の遊び部屋に、細目のカリントウのようなウン○が3本落ちていました。誰がしたのかは不明でしたが、チャミのお乳だけの時は、一度もウン○見たことがなかったのですから、これがエサを食べ始めた証拠だと考えました(ということは、これまでは5匹分を全てチャミが処理していたのですね。。。)。今後、5匹がエサを食べるようになれば、トイレの必要性も増し、床に敷いた新聞紙だけでは追いつかないと思いました。体が大きくなるにつれ、遊び場兼トイレの汚れがひどくなっていたので・・・。しかし、大人用トイレは入口部分が高すぎて子ども達が入ることも出ることもできないため、私はお中元のビール箱を使ってチビ用トイレを作成しました。箱の床に米が入っていたビニール袋を敷き、その上に猫砂を少し撒き、チビ達のおしっこで濡れた新聞紙をちぎって入れておいたのです。その夜には早速、使用されていて、作った甲斐がありました。
 ところが、一つ困ったことが。大吉が用を足した後のトイレの中でスヤスヤと眠っていたのです。大吉の「トイレで寝るクセ」及び「猫砂にまみれて遊ぶクセ」はなかなか治らず、新しい猫砂を入れてやると、必ず、その砂に紛れて遊び、眠っていました。

●ミルク
 初めの子がカリカリを食べてから4日目。全員がカリカリを食べることを確認。さらに数日後には、初お水飲みにチャレンジする子も現れました(決まって、うまく飲めずくしゃみをしていましたが・・・)。これで離乳完了、断乳としたかったのですが、わが家のチビ達は、その後もチャミのお乳を飲み続けました。長い子では生後3ヵ月、つまり、もらわれていくその日まで、全員がチャミのお乳を飲んでいたことになります。
  普通、子どもは歯が生えると固形物を食べるようになると言われ、母猫は乳房が噛まれて痛いので授乳したがらなくなるそうなのですが、チャミは辛抱強い(?)母だったようで、いつまでも子どもを甘やかすことができたようです。子ども達は、チャミのお乳には執着していたくせに、あっという間に子ども用のエサには見向きもしなくなり、チャミやマツが食べる大人用のエサばかりをほしがるようになりました。しかたなく、子ども用の高カロリーなエサは、マツの胃袋に収まりました。

●スパルタ教育
 生後1ヵ月を過ぎると、チャミの授乳回数は1日8回ほどに減り、子ども達も水を飲む回数が増え、何より、行動範囲が広がりました。ありとあらゆる物がジャングルジムにされ、ひっくり返され、ひっぱりだされ、部屋はぐちゃぐちゃです。でも、私は怒りませんでした。現行犯で見つけた時は、別ですけど。
 マツがチビをあやして(?)あげることもありました。例えば、口元へやってきたチビを舐めてあげたり、時には、あまがみしそこなってチビが悲鳴をあげることもありましたが・・・。一方、チャミの教育はスパルタでした。自分が眠っているしっぽにじゃれ、安眠を妨害したみぞれを羽交い絞めにして猫キックをあびせたり、鼻面を口でくわえて横倒しにしたり。あまりに厳しいので、途中で止めにはいりました。

●トイレトレーニング
 チビ達の行動範囲が広がると、押入れの遊び場兼トイレは、すっかりトイレとなり、汚れ方もひどくなるようになりました。また、トイレ以外の場所に置かれた新聞紙はもちろん、布団カバー、床に置いたままにしたビニール袋、キッチンマットなど、布類にもおしっこをするクセがついてしまった子が出るようになりました。が、5匹もいるので誰がやったものなのか分からず、現行犯で見つけるのも至難のわざです。
 どうしたものかと考えていると、手触りというか、肉球さわりの似ているものに粗相をすることに気付き、新聞、布など、おしっこをされそうなものは床に置かない、猫を押入れに入れない、汚されたものは全て洗うなどを徹底しました。それでも、ちょっと目を離した隙に、おしっこをされてしまうことも・・・。しかも、台風などで窓を締め切ることも多く、頭数が多いので抜け毛、おしっこの臭いがものすごく、空気清浄機は働いていないも同然・・・。猫アレルギーの私にとっては、過酷な日々となりました。

●粉ミルクと副乳
 固形物を食べ始めると、子どもの成長はますます目覚しくなり、体が大きくなるにつれ、ミルクを飲む量も増えてチャミの授乳だけでは足りないような気がしました。私が飲む牛乳もほしがるのですが、与えると下痢をするため、猫用粉ミルクをあげることに。チャミはこのミルクをいたく気に入り、子どもを押しのけてはミルクを飲み、授乳していました。
 この頃、チャミの胸のあたりにしこりができるという事件が起きました。病院に連れて行くと、「乳腺腫瘍の疑いあり」。しかし、副乳の疑いもあるとか。副乳というのは、乳首はないけれど乳房のなごりのようなもので、授乳期間が終われば消えてしまうということで、とりあえず、経過観察となりました。もし乳腺腫瘍なら、リンパ腺に近いため早く摘出しなければ、体中を蝕まれてしまう。でも、まだ子ども達に授乳しているので、副乳かもしれない。そういう状況での3週間は、非常に長く感じました。結果的には、ただの副乳だったようで、数日後には消えていました。
 この話を、別の妊娠経験者に話したところ、 「私も脇の下の近くに副乳があって、授乳中はそこからお乳が出たのよ」とのこと。妊娠・出産って、神秘的(?)ですね。

●ちびっこギャング大暴れ
 子ども達の行動範囲ならびに行動力はどんどん広がって行きました。まず、犠牲になったのは、我が家の植木鉢くん達。私が外出から帰ると、いくつかの植木鉢は棚から落とされプッチンプリンのようにまっさかさまにされており、パキラはなぎ倒され、ポトスは猫じゃらしになっていたようで葉っぱが切れ切れになっているのです。そこで、ふすまを閉めて出かけるようにしていたのですが、チャミはふすまを開けられる猫。当然、私が外出から帰るまでに、猫1匹が通れる隙間に開けられ、部屋の中にあったありとあらゆるものが竜巻でも入ったのかと思わせる状態にひっかきまわされていました。
 次に犠牲になったのは、この私。布団に横たわりタオルケットをかけると、子ども達が私の体をはさんで猫パンチごっこやら山登りやらが繰り広げられるのです。また、タオルケットから運悪くはみ出てしまった足の先に突然飛びかかれ、驚いて飛び起きることもしばしば。さらに、眠くなった子ども達は、私の周りで寝始めるのです。が、タオルケットの上から肩に、わき腹に、股の間に、点々と丸くなった子猫達のおかげで私はガリバーのように身動きが取れなくなるのでした。植物と自分の安眠のため、ふすまを閉めてバリケードを築いて寝たこともあるのですが、猫達の「入れて入れて攻撃」で数時間は眠れず、朝方になると、一斉に光合成をし始める植物のせいで部屋が熱帯状態となってしまって・・・。結局、睡眠は浅く、イライラする日が続きました。

●ケガの功名(?)
 子ども達の暴れぶりは尋常ではありませんでした。ある時など、階下の人から「お宅、何か転がしてます!?」と苦情を言われたほど。うちのフローリングは騒音防止がされていないため音が筒抜けのようで、そのフローリングを、5匹の子ども達が一斉に走り回るわけだから、右へ左へ何かが転がっていくように聞こえてもおかしくないんだけど・・・。階下の婦人が怒鳴り込んできた際、猫達は一斉に隠れてくれていたので、私が計7匹の
猫を飼っているとは思われなかったようです。フー。
 そんなわんぱく盛りのチビのリーダー格だった大吉くんが大人しくなった日がありました。私が外出先から帰ると後ろ足を引きずるように歩いていたのです。診断は、捻挫(のようなもの)。5匹の中で一番がっしりしていて元気が良かったのが仇になり、姉妹とじゃれあっている際にどこかに引っ掛けてしまったのだろうということでした。何やら薬が処方されたのですが、この薬を飲むと眠くなるそうで、ちょうど子ども達の写真を撮った時が治療の最中・・・。というわけで、大吉くんの写真は眠ったものばかりになってしまいました。ま、おかげで、すばしっこすぎてピンぼけになるということはなかったのですけど。

●求ム、飼い主!!
 子猫5匹の飼い主探しは、とても難攻しました。生まれた直後にもらい手が決まった大吉くんとみぞれに対し、プリン、ハナ、石原さんはなかなか決まらず、ハナ、石原さんに至っては、フリーペーパーに載せて飼い主を募集をすることになりました。
 大吉とみぞれがもらわれていく日の約1週間前、 後にみぞれの飼い主となる私の友人がチェキ持参でポラロイドを撮ってくれたのですが、二匹に可愛いポーズをとらせるのは至難のわざ。私と友人が腰を押さえつけ、もう一人が二匹の頭上で猫じゃらしをして、なんとか写真を撮り終えました。そのちょっとピンぼけな写真と、私の書いた飼い主募集の記事だけが、この二匹の運命を決めるのかと思うと文面にも力が入ります。行が増えれば投稿にかかる費用もばかになりませんし・・・。そして、
『求ム飼い主! 7/20生の姉妹。離乳・トイレのしつけ済。おっとり大人しい猫ちゃんです。M電話090−0000−0000』
という文章ができあがりました。当時は、この感性が分かってくれる人にもらってほしい!なんて思っていたんですが、こうして読み返してみると、なんてことはない普通の文章でしたね。とほほ・・・。

●大吉、みぞれ、もらわれていく
 当初、生後3ヵ月になったら子猫達を手放そうと考えていた私でしたが、子ども達の成長につれて猫アレルギーによる咳が激しくなり、呼吸困難になる日も増えたため、2ヵ月過ぎから順次もらいに来てもらわざるを得なくなりました。そして、とうとうその日がやって来ました。
  私は、猫を飼うのが初めてというその人のために、カンタン(でもちょっと書きすぎ)な猫の飼い方で守ってほしいことを書いた手紙を用意しておきました。ピンポーンとチャイムが鳴り飼い主を部屋に招きいれた瞬間、大吉くんがサッ!と逃げました。いつもなら来客が来ると真っ先に近づいていった大吉が、今回だけは真っ先に逃げたので、「あ、分かってるな」と思いました。そんな様子を見て少し不安になり、子猫達がよくじゃれていた毛布を4分の1くらい切って一緒に持っていってもらうことにしました。新しいキャリーバッグに、新しい砂箱、ご飯のお皿などなど、大吉くんを迎え入れる準備を整えておいてくれた飼い主さんには、ほんとに感謝しているのだけど、送り出した後、たくさん涙がでました。
 午後からは、みぞれがもらわて行きました。こちらは、洗濯ネットを持参で現れ、その足で、病院に連れて行かれ、血液検査をしてもらったようです。先住猫がいるおうちにもらわれていったわけだから、そういう慎重な対応はしょうがないだろうな、と思いました。健康診断の結果は、至極健康!暴れすぎのせいで既に乳歯がなかったとか・・・。
 一方、大吉くんは、車の中で体をガタガタ震わせて鳴き続け、家についてからは物陰に隠れて3日間も食事を摂らなかったと言います。新しい飼い主もずいぶんオロオロしたそうですが、私の方は、みぞれと大吉がいなくなったせいで、部屋が静まり返ってしまったことに少なからず動揺しました。

●プリンの豹変
 大吉とみぞれがもらわれていくと、子猫達に大きな変化が現れました。それは、地位の転換です。これまで大暴れの先頭を切っていたのはみぞれで、その次が体力があって母親の愛情を一身に受けていた大吉、ハナ、プリン、石原さんの順番だったのが、プリンの暴れぶりが一日にして目に余るほど激しくなり、ハナを抜いてしまったのです。
 みぞれの暴れん坊ぶりに手を焼いていた私は、プリンの暴れぶりと、一層ひどくなってしまった自分の猫アレルギーによる咳のせいでイライラしてしまい、彼女のもらわれていく日を早めてもらうことにしました。猫を新しい飼い主の元に渡すにはふさわしくない深夜、新しい飼い主が現れてもらっていってくれたのですが、その不甲斐なさに泣くことになりました。
※いまから考えれば、私の猫アレルギーのせいで早めに新しい飼い主に渡してしまったことが、プリンの不幸を招く結果になったのではないかと思っています。彼女が、(たぶん)もうこの世にはいないだろうことを思うと、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

●病気・病気・病気
  いよいよ、フリーペーパーにハナと石原さんの飼い主募集が載る日が近づいた頃、二匹が病気になりました。ハナはウンチがゼリー状の膜に覆われ、そこに血が交じるようになり、石原さんの方は頭に粒々ができてしまったのです。離乳が過ぎると子どもが母親からもらっていた免疫がなくなり、病気をしやすくなると言いますが、チャミの場合、子猫がもらわれていくその日までお乳をあげつづけていたので、免疫が不足してきたせいなのかどうかは定かではないけれど、とにかく病院へ!
  結果は、ハナは消化不良、石原さんはカビが生えてるかも(!?)。消化不良の方は、まだ食べるのがヘタで空気も一緒に飲み込んでしまうせいらしく、缶詰のご飯に薬を混ぜて食べさせることになりました。これは、マツ、チャミ、石原さんにもとても喜ばれる治療法でした。チャミなんかは、これまで子どものご飯を横取りすることは決してなかったのに、この時ばかりは横取りしてまで食べる始末・・・。同じ頃、大吉くんの飼い主からも、ウンチに血が混ざるけれどどうしたらいいかという相談が入り、消化不良の恐れがあるので、エサに缶詰を混ぜてあまり空気を食べないで済むようにしてみてほしいと連絡したのでした。
 カビの方は、培養検査に1週間ほどかかると言われてしまいました。結果が出るまでの間に、フリーペーパーに飼い主募集が載ってしまうのに! と思いつつ、結果を待つことになったのでした。


●雑誌デビュー

 フリーペーパーに載ったその日から、私の携帯電話には様々な人から電話がありました。「折り返しお電話ください」というか細い女性の声の留守電には石原さんと相性が良さそう! と思われたのに、肝心の電話番号が入っていなくて連絡できず。背後で子どもがギャーギャー騒ぐ家庭から「子どもがほしがっとるもんで」と強気なお父さんのめんどくさそうな電話。申し訳ないけど、こっちから願い下げです。
 どちらかといえば、「クロ(後のハナ)がいいんだけど」という声が圧倒的。私は、キャンセルが出ることも考え、電話の印象が良かった人の電話番号はメモするようにしておきました。一応、先着順で、いますぐにでもほしいという学生さんが見に来てくれることになりました。その人は、二匹と遊びながら、やはりクロが気に入り、予約して帰っていきました。話をした感じもいい人だったのですが、猫を飼うのは初めてというので、大吉くんの時に渡した手紙をとりあえず渡し、下痢が治ったら渡すということにして帰ってもらいました。
  翌日、その学生さんから電話がありました。キャンセルしたいというのです。理由は、「部屋に大切な模型などが飾ってあり、それを猫が落として壊すといやなので」。そんな飼い主、こっちから願い下げです。私は、第二候補へ電話しました。これが、クロ(後のハナ)の飼い主さんとなってくれた方でした。飼い主さんは「差し支えなければ、キャンセルされた理由を聞かせてもらえますか?」とおっしゃいました。私が理由を話すと、「これはまた短絡的な・・・」。私は、電話の向こうでため息混じりに呆れてくれた飼い主さん候補をますます気に入ったのでした。

●新飼主決定
 その日の内に、後にハナの飼い主となる方が家族揃って見に来てくれました。年齢的には私と同じくらいと思われる姉と弟、そのご両親。お父さんの方は、部屋には上がらなかったので、飼うことに反対なのかな? と思ったり・・・。私は、チャミを拾った経緯、クロが消化不良でつい最近まで薬を飲ませていたこと、シロは病気の疑いがあって検査をしていることをお話しました。お母さんが質問されました。
「主治医はどちらなの?」
 え、しゅ、主治医ですか? 大層な言い方に該当するのかどうか疑問でしたが、現在自分が通わせている病院の名前を告げました。お姉さんの方はシロが気に入っていたようですが、電話をくれたのは弟さんの方で、
「あなたが飼うんだから、あなたの好きなほうにしなさい」
 という家族の会話が繰り広げられています。結局、結論は出ず、後で電話をいただきました。こうして、念願だったクロの飼い主が決まったのです。 なのに、その夜、私は号泣しました。自分がもう少し収入があれば、猫を母親と別れさせずに飼える広い家にすめたのに、私に猫アレルギーがなければ子猫を手放さずに済むのに・・・。
 翌日、 クロは「ハナ」という素敵な名前をもらって、新しい家族の元へ旅立っていきました。この日のことは日記にもあったのだけど、昨日の今日のでもらわれていったとは思えないくらい、濃い一日に感じました。

●里親募集仲間
 フリーペーパーに紹介された数日後、とても不思議な電話がかかって来ました。
「あの、猫のことで・・・」
 すでに二匹とももらい先が決まっていたため、その旨を告げると、
「いや、そうですか。実は、私、お宅の下に里親募集を出したものなんです」
 え? よくよく聞いてみると、せっかく里親募集を出したのに応募が1件しかなく、再来週号に写真付きで載せることにしたのだけれど、本当に募集があるのか疑問で、写真付きで載せた私の結果を聞きたかったというのです。 その人が拾った猫ちゃんは病気を持っており、単独で飼ってくれるひとじゃないとダメという条件もあるそうです。以前、子猫を4匹拾った時は写真を載せなくてもすぐにもらい手が見つかったのにと嘆くので、私のところへ電話をくれた人の電話番号を教えようかというと、
「本当にほしい人なら、うちにも電話があるはずだろうから、いいです」
 と断られました。その紳士な態度も気に入りました。その後、さらに2行下に広告を出した人から電話があったのですが、その人は、最悪でした。ノラの母親猫のもらい手を探しており、子猫は可愛いから自分が引き取るというのです。推定6歳のノラ なんてもらい手があるわけがなく、子猫のもらい手を探すべきじゃないかと進言したのですが、
「お宅、Kさんには自分とこにかかってきた人の電話番号教えるって言ったんでしょ!?」
 私は「私が電話して欲しいか確認してみる」と言って電話を切りましたが、当然、電話はかけませんでした。

●病気の功名(?)
  ハナのお迎えがやってきた時、シロを見に一組のカップルがわが家にやってきていました。その学生さんカップルは、男性の方がテキパキ話し、女性の方は無口で、でもとても楽しそうにシロと遊んでくれました。よくよく聞いてみると、男性は猫を飼ったことがあること、実際には彼女の方が飼うことが分かりました。彼女のおっとりした雰囲気とシロのおっとりとした雰囲気は、最高に相性が良さそうでした。病気の結果が出て、治療法が分かって治療が済むまでわが家で面倒をみてから渡そうかと言うと、治療から自分でやるからよいとのことなので、お任せすることに決めました。
 数日後、 シロの病気は真菌というものだと発覚。これは水虫みたいなもので、治療がちょっと厄介なだけでなく、他の猫たちにも人間にも移ること、症状が出る子もあれば、出ない子もあること、外出しない子猫に出たということは母子感染の疑いがあり、全ての子猫が真菌を持っている可能性があることが分かりました。二匹目として迎えてくれた家の人には先住猫への感染の危険を電話するのが礼儀だろうと、慌てて、全飼い主に連絡。返却してくれても構わないことを申し出ると、ハナの飼い主は返却の気はさらさらなくてホームページも立ち上げる予定とのことであり、みぞれは先住猫にかみ殺されそうな勢いで怒られながらもじゃれており、プリンは先住猫のベンサンとお揃いの首輪をプレゼントされて仲良く暮らしており、大吉くんは家族のアイドルで「大吉中心に家族が回っている」とのこと。そして、まだ猫を手にしていないシロの飼い主になる方は、それでも面倒を見てくれると言ってくれたのでした。いい飼い主の皆さんに出会えたことに感謝する結果となりました。

●最後のチビとのお別れ
  2000年10月13日(金)、私は耐え切れずに号泣しました。
  真菌の治療のために朝、夜に薬を塗ったり、シャンプーをしたり、他の子猫より手間がかかり、我が家に長くいたせいもあって、シロのことがとても可愛くなってしまったのです。病気が完全に治るまで治療をしてあげたかったし、シロも随分私になついていたので、手元に置きたいと思うようになっていました。新しい飼い主に電話をして、もっとひどい病気でとても渡せないと言おうかと何度も思ったのですが、当時はフリーランスだったので収入が非常に不安定だったこと、猫アレルギーがひどすぎて3匹を飼う自信がなかったことから断念しました。それが、いまでも悔やまれます。
 シロをもらってくれた女性は猫を買うのは初めてで、一緒について来てくれている男性は只のお友達であることが、二人がわが家を去る直前に分かりました。そのため、猫初心者の人にあげていた手紙も渡せぬままとなりました。名前は決まっていたようですが、恥ずかしがって教えてくれませんでした。真菌の治療は約二週間後、病院で再検査してもらって菌が死滅していれば修了です。動物病院へ検査に行く際は、私が料金を払うから立ち合わせてほしいとお願いしました。猫のためのグッズをこれから買いに行くと我が家を立ち去ろうとする二人に猫砂10リットルと、シロが好きだった卓球の玉と、鈴の入ったボールをねじ込むようにプレゼントして分かれました。困ったことがあったら遠慮なく連絡してとも言って・・・。
 でも、それっきりです。シロが通っていた病院の連絡先も教えておいたけれど、先生からは再検査には来ていないと聞いています。別の病院へ行ってくれたのかどうかも分かりません。こんなに気になっているのに、私はなぜ、連絡を取らないのか。それは、子猫を一度手放したら私の方からは連絡を入れるのは止めようと決めていたからです。特に、学生さんは、他人からの干渉を疎ましく思うでしょう。新しい飼い主の判断の元、新しい飼い主のやり方で育ててもらえればいい。だから、心を鬼にして連絡は入れませんでした。
  元気なのかな? 彼女の本当の彼氏は優しい人なのかな? 室内飼いしてくれてるかな? 避妊はあの男性がさせるって言ってくれてたよな・・・。それはそれは心配です。でも、幸せにしてくれると信じ、子猫達全員が幸せでいてくれること祈り、それだけを信じ続けるしかないと思っています。

 


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