●アルバム整理第一弾
葬儀をした2004年1月10日(土)とは打って変わって、翌日は風の強い寒い日となりました。楽しかったこと、マツの最後の日のこと、葬儀のこと、ひとしきり思い出して号泣しました。死にたくなってしまい恐くなって、葬儀に付き合ってくれた親友に号泣しながら電話しました。友人は、心配してお昼を一緒に食べようと出てきてくれることになりました。その時、朝から何も食べていなかったことを思い出しました。
その日、私は、朝起きたらマツとの散歩コースを一人で歩いて、その後、写真を整理しようと思っていました。そこで、友人が来る前に、散歩に行き、その後、写真の現像を依頼に行くことにしました。さっそく、マツのリードを束ねていつものように右手に持ち、マツと歩いたコースを一通り歩きました。歩いてみて分かったのは、マツを連れて歩いていても恥ずかしかったようなところは、一人ではとても歩けないほど恥ずかしいということ。例えば、マツは駐車場の淵を壁沿いにひとまわり歩くのが好きでしたが、マツがいないと車上狙いと間違われそうで…。また、かなりいろいろな場所を歩き回ったということも、改めて実感しました。毎回オシッコをするポイント、他所の子とケンカしたポイント、他の猫が出て来ないかと眺めるために座り込むポイント、人を日向に立たせ自分は涼しい薮の下の冷たいコンクリートに横たわって休むポイント、トカゲをゲットしたポイントなどなど。つい、
「ここでは男の人に驚いてダッシュしちゃったね」
「この階段昇るの嫌いだったね」
と、声に出しながら歩いてしまいました。冷たい風も忘れるほど、どれも温かい思い出ばかりでした。これだけたくさんの思い出があるんだから、頑張れるような気までしてきました。
それから家に帰り、猫の写真をまとめてあった束の中から自分のお気に入りの1枚を探し、フィルムを探し、2枚焼き増しすることにしました。 それはいつも持ち歩いている写真でもあるのですが、祭壇に飾りたいと思ったのと、写真を時系列に並べたいと思い、そこにももれなく入れておきたいと思ったからです。ひとつ残念に思ったのは、私がこれまで思い出が残るのが恐くて写真を取ってこなかったことでした。枚数が少ないんだろうなと思いながらも数えてみると、100枚以上ありました。どの写真を見ても元気なマツを思い出し、笑える、楽しくなるものばかりでした。
友達が到着したので、その写真を抱え、現像に出した写真をもらってまずは100円ショップへ。そこでアルバムを買おうと思っていたのですが、私がほしいタイプのものがなく、しかたなくハガキアルバムタイプのものを3冊買いました。その後、デニーズへ。そこで写真の整理をしようと思っていたのですが、友人がものすごい二日酔いであることが判明。食事を食べるのも辛そうにしているのに、写真の整理にまでつき合わせるのは忍びなくなってきたため、早めに引き上げることにしました。友達は、
「ほんと申し訳ない」
を連発してくれたけれど、こちらこそ二日酔いのとこムリヤリ呼び出して、ごめんなさい、でした。
家に帰ってから、いよいよ写真の整理が始まりました。私は、買ってきたアルバムではなく、昔、気に入って買ったアルバムに入っていた写真を片っ端から引っこ抜き、そこへマツの写真を入れていくことにしました。ところが、大変な作業でした。というのも、私は昔から日付を入れて写真を撮るのが嫌いだったことと、取材であまったフィルムでしかマツを撮ってこなかったので、そういう写真には当然日付は入っていなかったからです。そこに写っているマツのサイズだけでなく、背景に置かれているもので年代にめぼしをつけていれていきました。昔のボーイフレンドの写真が家に飾ってあったこととか、元夫にプレゼントされて困ったものとか、見たくなかったものがちょろちょろ顔を出し、年代分析を助けてくれました。トホホ…。それから、車の中から拾っておいたマツの最後の日の爪や毛をアルバムの一番最後のページに入れました。
マツがキャリーバックから出せと暴れた時に落ちた爪であり、マツが動く気力もなくして助手席に横たわっている際についた毛ではありましたが、その表面を撫でるだけでマツのことをリアルに感じられて嬉しく思いました。また、アルバムを整理するというのは、気持ちがすごく落ち着くことが分かりました。これからは、マツのことでパニックしてしまったら、このアルバムが助けてくれるだろうなと思いました。
●アルバム整理第2弾
1月13日、ボーイフレンドとケンカになりました。理由は、マツだけのことではありませんでしたが、9年も一緒に暮らしてきた者を亡くした私にとって、彼が言った言葉はとても許せるものではなく、引っ越しを考えるようになりました。彼とのケンカがきっかけで引っ越しを考えたわけではありません。この家は、マツと暮らすために選んだ家だったので、マツがいなくなってしまった今となっては、3DKという広さも、お散歩のできる散策道も、まったく意味のないものになってしまったからです。1月18日には、初七日の法要に行ったのですが、その件でも何かケンカになり、結局、一人で法要へ行き、また号泣し、私は引っ越しを決意しました。
手始めに、押入れの整理をすることにしました。チャミと二人なら1DKくらいでいいけれど、そういう家は収納が少ないだろうから、手荷物を減らそうと考えたのです。押入れには、ライター業をする上で蓄積してきたさまざまな施設のガイドブック、リーフレットが「何かのために」と保管されていただけでなく、営業用にととっておいた自分が書いた雑誌が数冊ずつ、それから取材で撮った写真とそのフィルムが山のように詰め込まれていました。資料としてとっておいた物は全て破棄することに決め、サイズごとに山にしていきました。自分が書いた雑誌は各1冊ずつのみ残し、後は全てビニール紐で縛ってしまいました。写真は全て捨てようと思ったのですが、中にマツの写真が紛れ込んでいないかを全てチェックすることにしました。それはフィルムも同様で、フィルムの中にマツの姿を見つけると保管組の山へ放り投げました。
その作業の中で、先日整理した写真で順番が間違っていそうなものがかなりあることが分かってきました。マツの写っている前後に写っている風景を見れば、その時やっていた仕事の内容が分かり、さらに大まかな順番が分かるからです。また、現像したはずなのに手元にない写真もあることが分かってきました。私は、その全てを1枚ずつ焼き増しすることにしました。
それから2週間ほどは仕事と彼とのケンカで忙しくて写真を触ることができなくなってしまいましたが、週末の時間があいた時を利用して、マツの写真を再度整理しなおしました。順番を間違えて入れなおしたり、枚数が多すぎて入りきらないため、ピントがあまりにも悪いものやあまりにも同じアングルのものは同じフォルダに入れるようにするなど、なんどか調整しなおし、マツ同様にパッツンパッツンのアルバムが完成しました。その一番前には、一番お気に入りの写真を入れ、マツの遺影として祭壇に飾っています。
●アルバム整理第三段
マツの死から約1ヵ月後(月命日の2日前くらいだったと思います)、私の心の中にはどうしても消化できな感情がたくさんたまってしまい、その全てを吐き出してしまいたい気分になりました。そこで、この『ねむねむ共和国』の中に、ペットロスに関するページを設けることにしました。が、日記などにも書いてあるように、このホームページにペットロスについて書くのは、とても悩みました。せっかく楽しいホームページなのに、死という重苦しいテーマを書くことに抵抗があったからです。それから、マツの死を自他共に認めることになるのがイヤで、マツは生きているものとして、これまで撮影した写真を細々と掲載し続けてしまおうかとも思っていました。その一方で、書かずにはいられない衝動にかられていたのも事実で。結局、私は感情を吐露することを選び、一気に書き始めました。
ペットロスの各ページには、そのテーマにちなんだ写真を併載しました。見れば分かるように、私はマツの死に直面している中でも、死んだ直後のマツの写真、マツの腕から引き抜いたばかりで血がついたままの針など、生々しい写真をデジカメに収めていました。それらも、ホームページに掲載することにしました。
「ありのままを伝える」。
それが、ペットロスのコーナーのテーマであり、宿命のような気分がしていました。写真を見ると、その時の自分の気持ちがまざまざと蘇ってきて、涙をこぼしながら作業を進めました。一番、辛かったのは手作りに棺に収まったマツの姿でした。どう見ても寝ているようにしか見えなかったから…。「マツ〜!マツ〜!」と何度も叫んでいた自分のことを思い出したりもしました。でも、一通り書いてしまうと、少しすっきりしました。哀しい気持ちやその時の悩みを、一端ホームページに預けてしまい自分の中から抹殺できてしまったような気もして、少しラクになりました。でも、ここを読み返せば、当時のことを昨日のことのように思い出すことも可能です。一時的にせよ、抱えきれない感情を手放すことができたのは、いいことだったように思えました。また、こうしてデジカメのデータと感情を整理できたことが、その後の日々を冷静に過ごすためにとても重要な出来事となるとは。その時は思いもよりませんでした。
●アルバム整理第四段
第一回目の月命日。私はデジカメの中にあるデータを整理することにしました。ホームページ用に画像をトリミングして、画素を荒くする作業と、余分なデータを消す作業とを繰り返しました。これまではただ撮りためていただけだったので、ピンぼけも、狙いはずれもそのままだったのです。中には、意図していなかった構図でも、マツの特徴・クセをよく表した私にとっては最高にいい写真もあり、それを次々に送りながら見ていると、まるでパラパラ漫画のようにマツが動いて見えたりもして楽しめました。多すぎず、少なすぎず、データの整理がつき、これをCO−ROMに焼いてもらおうと思いつつ作業を終了しました。
翌日、チャミにネズミのおもちゃをプレゼントし、それをデジカメに撮ったのでホームページのダイヤリーにアップしようとスマートメディアを取り出し、読み取り機に差し込みました。ところが、読み取ってくれない…。以前にもこういうことがあり、入れなおすと直ることがあったのでやってみたのですが、やっぱりダメ。嫌な予感はしたのですが、どうやらメディアが壊れてしまったようでした。中には、データでしかみることのできない最近のマツの姿がたくさん納められていたのに!
普通なら泣いて暴れてカメラを破壊していたかもしれない出来事だったのですが、今回は、なんだかとても冷静に受け止めることができました。マツの写真は、マツ同様、もう戻らない…。諦めがついたのは、前日、写真を整理しておいたからだと思います。もし、データの整理も終わってなかったとしたら。カメラもあの世へ送っていたと思います。
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