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2005/1/8

昨日、寝る直前にふと去年のこの日を思いました。「あの日は、人生で最悪の日だったなあ」と。でも、不思議に泣けませんでした。なんかあったかい気持ちでした。ほんと不思議。
去年はずっと、マツがここにいないこと、マツと季節のもろもろを楽しめないことを悲観して涙を流していましたが、最近は、その涙の質が変わってきて、感謝の涙を流していることに気づきました。
よく「忘れてしまいなさい」って言われるけれど、忘れることがとても罪なことのように思ってました。でも、そうじゃないんだなあと。辛かったこと、哀しかったことは薄れていって、その代わりマツが私にくれたたくさんのことがより深く私の中に定着している感じがあります。マツを忘れることなんてできるわけがないんだけど、辛さとか、哀しさは少しずつ忘れられるんだなと。忘却は、神様がくれた最高の贈り物だなと思いました。これを、1週間前に犬を亡くしたという友人に伝えてあげられたらよかったなあ…。
明日、マツの一周忌でお経をあげてもらいにいきます。卒塔婆建てようかどうしようか悩んでいたけれど、卒塔婆は感謝の気持ちを伝えるものらしい。連絡が来たときはとても抵抗感を感じたけれど、不思議と感謝の気持ちがわいてきたから、場合によっては建てようかと思ってます。

2004/12/6

今日、私ってホントにマツのことを純粋に思い出しているのかな?と疑問に思いました。マツのことを思って哀しんでいるのではなく、哀しみのどん底にいた自分に追い討ちをかけるような言葉を投げられたことや、その言葉に打ちのめされたあの時の自分を思い出して泣いているのではないか?と思ったんです。もし、自分を哀れんで泣いているのだとしたら、最低だなと。一方で、そういうことも含め、マツの死に関わるひとつ一つの出来事をリアルに覚えていることが、愛する者を失った哀しみの深さなんじゃないかと思ったり・・・。
 真相はどうなのか自分ではイマイチつかめませんが、私を励まそうとして、あるいは私の哀しむ姿が重くて、見たくなくて、早く立ち直ってほしくて投げかけたのであろう人々の無礼な言葉と態度を何でもなかったこととして流し、心から立ち直れたと思えるようになるには、まだ時間がかかりそうです。
それでもいいやと思って。私は傷つき、哀しんだのは事実なんだから、ムリヤリ許したり、なかったことにすることはないでしょ、と。
※昨日、マツを抱っこする夢を見た気がします。大きくて腕に収まりきらなくて。でもいい匂いでした。

2004/11/20

最近、マツのことを思い出します。涙が出てきます。まだ1年も経ってない。もう1年になるのか…。そして、マツが死んだ1日9日までをカウントダウンしているような気持ちになったりもします。もし、私に予知能力があって、去年の今ごろから、マツが死ぬ日が分かっていたら、耐えられなかっただろうなとも。マツも、私も、ごえもんも、チャミも、いつかは死んでしまうんだから、哀しまないようにしましょう。みんな順番だから…。
正月が明けたら、またマツにお経をあげてもらいに行こうと思ってるんですが、納骨はできそうにありません。毎日、エサとお水を備えて手を合わせ、外出から帰って来てからも手を合わせる。それだけでも、私の心は落ち着くし。マツには、ずっとここにいてほしい。
※ごえもんの噛み癖がひどいのは、マツの生まれ変わりだからじゃないかと思ったりします。マツは、最後の日、苦しくて私を噛んだけど、その時みたいな噛み方をするんです。ご飯をたくさん食べること、投げたおもちゃをくわえて持って来て「また投げろ」と要求することなど、ごえもんとマツは酷似してる部分が多くて。もし、そうだとしても、今度は太らせないようにしないとね。

2004/8/20

昨日の明け方、祖母が階段から転げ落ち、ICUに担ぎ込まれたと聞き、心配だったので会社を半休して見舞いに行ってきました。祖母は今朝はかなり元気だったそうですが、昼前に様態が悪化し、私が到着する頃には肺にたまった出血を止めるための処置中でした。今後、命に関わる可能性もあるとのことで、父母は祖父宅で待機することになりました。
私は、再び、マツが天に召されるまでの、どうしようもない恐怖感にさいなまれることになりました。恐かった。祖母の顔を見るまでは、恐くてたまりませんでした。あの時は、この恐怖感を一人で抱えて、手から砂が落ちるようにマツの命が消えていくことにただただオロオロしていたなあと。それでも、よく、一人きりでマツの死に向き合って頑張れたなあとも思います。今回は、家族がいたから、それぞれが何をするでもなく何となく寄り添っていられることで、かなり救われる部分がありました。それから、父がそこにいるということだけで、母や祖父が安心していること、父がその立場をきちんと分かって対応していることも嬉しかったです。そんなの当たり前のことなのかもしれないけれど、私は、いつもピンチの時に誰も支えてくれなくて、一人ぼっちで先頭に立つことを要求されてきたから…。
祖母は、私の顔は分からなかったけれど、おばが「マリちゃんだよ」というと、「マリちゃんって私の孫のマリちゃんかね」と言ってくれたことと、「ミシンを修理せにゃいかん」と空言をいう祖母におばが「私がやっといてあげるがね」というと「あんた直せるかね」と言って、険しかった顔がふっと柔らかくなったのが見られて良かったなあと。このまま出血が止まり、多少ボケたり、半身不随になってもいいから、祖母にはもう少し、生きていて欲しいと心から願います。まだ、家族のみんな覚悟できていません。ひいお婆ちゃん、ママを連れて行かないで。マツ、ママを守って。
祖父は「誰か残っとってくれるんか?」としきりに聞いたり、「家に帰るとママ(祖母)の気配がする」といったり。「みんなで食べると食事が旨い」と言ったりもしていて、年寄りだけの暮らしの心細さを痛感しました。こういうことがあった以上、もう年寄りだけで生活させるわけにはいかないと思います。場合によっては、私が可児に住むことも考えようかなあ。

2004/8/13

マツの初盆がやってきました。親にはバカにされましたが、マツは確かに私のとこへ帰ってきているので、極力、家にいるようにしています。
でも、死んだ直後より穏やかな気持ちでいられてほっとしてます。またたくさん泣くかと思っていたんですが、意外に冷静。と言っても、マツのことを思い出して、夏休み中に既に数回泣いてますが・・・。
ま、そうやって波がかえすみたいに、少しずつ心の中に落ち着きどころをみつけていくんだと思います。

2004/7/26

会社の帰り、ごえもんと同じくらいの仔猫がいる家を発見。もしかしたら、ごえもんはそこの子かもしれません。 チャミがごえもんをかなり嫌っていることが判明したので、その家に返すべきかな?と思ったりしたのですが、声をかけられそうにありません。
チャミに対して、マツもよく飛び掛って噛み付いていましたが、やはり相性は悪かったのかな?結局、私のエゴでムリをさせることになるんだなと。反省するけど、手放せず…。

2004/7/2

今年初めて、我が団地の敷地内にある森で、セミがなくのを聞きました。よく、蝉時雨を聞きながら散歩したよなと思い出し、一瞬、涙がでました。やはり、季節ものは…。ああ、もうこんなことも、あんなこともできない。二度とないんだなあと。辛いですね。

2004/6/22

台風一過。ちょうど、去年の今ごろも台風一過で、まだ風が強い中、マツと散歩に出たことを思い出します。自慢げに尻尾をフリフリ歩いたかと思ったら、突然の強風にあおられ木々がざわめくのに驚いてしゃがんだり。 いろんなことを全身で表現した、マツ。
もし、生きていたら、やはりごえもんは拾ってなかっただろうなと思います。

2004/6/19

5月にごえもんを拾った日の前日のことを書きます。その頃、チャミが玄関から廊下へ出たがる癖が強くなりだし、まるでマツのように玄関を開けて欲しがることもありました。で、出してやったところ、他所の家に入っていこうとするところを発見し、「チャミ!」と大声で呼んで止めたということがありました。これから、我が団地では、玄関の扉を開けて風を通す人が増えてくるため、このままチャミのお外出たい病につきあっていると、いろいろトラブルになりそうだなあと思っていました。また、チャミが外に興味を持ち始めたのはマツがいなくなってからだったので、チャミに新しい友達ができれば、つまり、もう一匹猫がいれば、チャミの気も紛れていいのかなあ。そんなこと考えたんです。そして、次の日、ごえもんとであうことになりました。出あった瞬間、あ、この子はうちの子になるなと思ったことと、マツが引き合わせてくれたという確信みたいなものがありました。ごえもんをマツの生まれ変わりだとは思ってません。でも、マツが「時期が来た」と判断して、引き合わせてくれたように思うのです。
ごえもんは目が見えなくなる可能性がありましたが、マツにお願いしていたら、どうやら失明は免れそうで、やはり、マツが守ってくれているような気がします。
ごえもんをうちの子にすることで、現在も彼とのケンカが続いていますが、全てのことは、なるようにしかなっていかないと思っています。チャミと出会い、マツがいなくなり、ごえもんと出会い、お金が続かなくて学校にいけなくなりそうなことも全て。流されているわけじゃなくて、機が熟してくるから動く、動かないうちは、ムリしなきゃなんともならないうちは、進むべきじゃない。
これからは、そういう風に生きていこうと思って。これもマツが私に教えてくれた渡世術(?)だと思ってます。
今日、我が家の一室を猫部屋にするべく大掃除をしていたら、ひょんなとこからマツの写真が出てきました。この家に来て間もない頃と思われる写真で、マツは押入れにしまわれた布団の真上でまどろみつつ、薄目を開けてこちらを見ていました。よく、こういう顔してたよなあと思って。マツの寝顔は、いつも私に安らぎをくれます。
そして、分かってはいるけれど、シャンプーしたごえもんの匂いは、やはりマツの匂いとは違っていました。もう一度、マツの匂いに鼻をうずめたいです。

2004/5/2

昨日、マツの最後の日のことをふと思い出し、泣いてしまいました。マツはやっぱり、最後の日1日生きようとしたわけじゃなくて、一日苦しんだだけだったかもしれないと思いました。
病院から帰ってきて、お散歩コースの一部でがくんと脱力した瞬間、私はマツがただ脱力したと思っていたけど、よくよく考えると、脱力ではなくて、気絶したのだろうし、だから失禁したんだろうし、もしかしたらあそこで私がマツを揺り動かさなければ、マツは朝からの3時間くらいの苦しみで、旅立てたのかもしれない。
私が、苦しみの中に引きずりもどしちゃったのかもしれない。
昨日、矢田川の堤防に行ったのですが、犬をつれた散歩の人がたくさんいて、ふと、マツを連れてきてやれば良かったと思いました。が、マツが生きているころは、そんなこと考えた覚えがないんだよね。なぜなんだろう? マツといろんなとこへ行きたくてお散歩できる子に育てたのにね。やっぱり、私はあまりいい飼い主じゃなかったのかもしれないな。

2004/4/26

やっぱりマツのことを思い出すと泣けます。いい思い出ばっかり思い出せた時期もあったんだけど、最近は、なぜかダメで、マツが最後の日、一日苦しみ続けたことばかり思い出して…。
今年桜の下を歩けなかったこと、今年一回もマツをシャンプーできなかったこと、私の家にハトが巣を作ろうとしていることもマツがいたら大騒ぎするからすぐに追っ払うことになっただろうこと、いままで毎年マツと一緒にしてきたことがあったのに、全部、マツなしになってしまいました。このマンションには、マツとの思い出が多すぎて辛いことがあります。引っ越したい。
最近、チャミが廊下に出たがって玄関で鳴くのは、マツの代わりに、マツの真似をして私を慰めようとしてるのかな?と勘ぐったり。私が、あまりにもマツ、マツって泣いてるからかな。チャミに、「マツのまねしなくていいよ。チャミは、チャミなんだから」と言ってあげました。

2004/4/18

昨日が、マツの百か日だったので、今日、法要に行ってきました。やっぱり涙が出てしまいました。最近気になるのは、マツは最後の日、とっても苦しんだのではないかということ。一日苦しませてしまったことは後悔してる。でも、マツに出会えたことは、一生の宝にする。もう一度、抱っこしたいです。今日、チャミを洗ったんだけど、マツと同じシャンプーを使ってるんだけど、洗いたてならマツと同じ臭いになるかと思ったんだけど、ダメでした。しかも、マツの臭いが正確に思い出せなくなってる。シャンプーの奥から香ってきた、マツの臭いがかぎたいよ。

2004/4/7

マツが死んで初めて、モンプチを購入。マツにもお供えしたけれど、チャミがものすごい勢いで食べてしまいました。生理前、精神が不安定になる時にマツを思い出すと、マツが死んでからろくなことがないなあと思い始めてドツボニはまります。いまお供えしている白い菊がとても長持ちしている。白い花は、マツによく似合う。

2004/3/27

今日、ちょっと自分ではよく分からないことがあって、友人に相談したところ、(なぜか)占いへ行くことになって行ってきました。よく当たるなあというか、思い当たることを想起し易くて良かったです。
それはさておき(ちょっとオカルトちっくな話になっちゃうけどごめんなさい)。最後の一枚になった時、「最後に神様に、あなたの中の『神様』というものからアドバイスをもらいましょう」ということを言われたのですが、私は一瞬、ひいおばあちゃんかなあ?なんて思ってもうほとんど覚えていないおばあちゃんの顔を思い浮かべようとしました。すると、その頭の映像をかき消すように、マツがどーんと現れ、後頭部から背中にかけてずどん!というような衝撃が来て、涙があふれてきてしまいました。実際に、衝撃があったわけじゃなく、頭から背中へそういう感覚が一気におりてきた感じなのですが、「ああそっか、マツは私の神様になったんだあ」と思いました。また、その最後に出たメッセージも、マツの死が私に教えてくれたもの同様に、マツからのメッセージらしいもので、びっくりでした。最近、遺影や遺骨に「マツの感覚」が薄れてきていて、寂しいことだなあと思っていたんですが、違うものになっていたんだなあと思ったり。
久しぶりに、マツに会えてよかった。

2004/3/22

近頃、会話の中で「マツが死んじゃった」と言葉に出せるようになってきました。一時期は、声に出そうと思うだけで涙が出ていたのに、ね。話している内に涙が出てきてしまうのは、あいかわらずですが…。チャミと2人の生活にも慣れてきた感じです。マツのお供えのエサや水にこだわらなくなったり。忘れることが罪だと、強迫観念のように思っていた部分も、だいぶ柔らかくなって、その分、マツとの楽しかった思い出がどんどん膨らんでるような気がします。
もう大丈夫なんだろうな、と思う日も…。まだ、百か日は過ぎていないけど、人の心がこういう風に立ち直ってくるんだなあというのを経験できて、良かったというか、なんというか。
チャミは、マツがいなくなってから甘えんぼが過ぎて、私に抱っこして欲しい時は体によじ登ってくるようになりました。マツとはまた違う、他の猫とはまた違う、いじらしさがあります。  

2004/3/8

チャミを医者へ連れて行きました。お腹を舐めすぎてハゲがひどくなってきたので。先生は、「マツが死んでからひどく舐める?」と聞きました。「寂しいからですか?」と聞いたら、返事に困っているので、「環境の変化に弱いんですね」というと、「こういう子はそういう傾向があるので」と答えてくれました。先生ったら正直者…。 明日は月命日。月命日を数えると、日にちがまだそんなに経ってないことに愕然とします。まだ、マツが死んで2ヵ月しか経ってないのかぁってことと、その割には死んだ直後の悲しみは薄れているなぁってことと。 

2004/3/7

今日、団地の猫好きさんに「猫ちゃんは元気?」と聞かれて、「死んじゃったんです」と言ったんですが、やっぱりダメで、その場で泣けてきてしまいました。向こうも困ってしまったようで、早々に立ち去っていましたが、私も辛かった。やっぱり、まだ「マツが死んじゃった」というセリフは、私には受け止めきれないようです。その後、母と長電話していたのですが、マツの話になり、母が「マツはあなたにとって特別な存在なんだなと思うわ」と言っていました。友人からも「マツは猫じゃなかったもんね」と言われたことがあるんですが、私とマツは、飼い主とペットというより、お互いがお互いの一部のような感じだった、人生の一部だったと思います。人生を共有したパートナーだったと思います。心が近すぎた。だから辛くてもしょうがないなあと思います。
最近、少しだけ思うのが、私はマツの生まれ変わりを探せないかもしれないということです。探せたとしても、マツは、2匹として同じマツには生まれてこないと思うんです。 これだけ、深い存在になれた猫は、多分、今後も現れないとも思っている以上、私は生まれ変わってきた新しいマツと、前のマツ同様の関係を築くことはできない気がするんです。意味分かるかな…?
だったら、見つけられなくてもいいかと思って。新しいマツは、新しいマツにふさわしいいい人ができた方が、幸せでいいかもしれない。その新しいマツにふさわしい人が、また私だったら、最高に嬉しいけど。

2004/2/29

四十九日のお経をあげてもらいに行ってきました。行くまでの道で、「なんで四十九日なんて迎えニャならんのだろう。なんでマツは死んでしまったのだろう」と思ってしまい、哀しくて泣けてきました。お経が終わった後、お坊さんが「四十九日というのは、マツちゃんが生まれ変わる節目にあたるから、いいところへ生まれてこられるようお家でも手を合わせてあげてくださいね」と言ってくれました。なので、「何に生まれるかは分からないんですよね?」と聞きました。「ばあちゃんが畜生道に生まれた者は畜生道のままだと言っていたけれど」と続けると、「昔の人はそういうけれど、いろいろ解釈があるので、六道の中でも畜生道の次は人間、その上は天界で、行いのいい子なら人間になることもあるし、人間でもいい行いを積めば天界にいけるという考え方もあるんですよ。ま、畜生より下になることは考えないで。」と、ちょっと曖昧なことを言っていましたが、とっても満足できました。獣医さんが、私が行っているお寺の坊さんで嫌な人がいると言っていたのでとっても警戒していたんだけど、ちょっと安心できて良かったです。でも、帰ってきてからもまた泣いてしまい、泣きつかれたので数時間睡眠に逃避しました。

2004/2/28

明日、マツの四十九日のお参りに行きます。マツの四十九日に、地震で倒壊したビルの中で火にまかれている夢を見てしまったんだけど、まさかマツ閻魔大王の機嫌を損ねて地獄に落とされたりしたんじゃないよね?友人は、四十九日に死んだ猫が「また猫に生まれます」と挨拶に来たらしいけど、マツは私のとこには挨拶に来てくれるのだろうか。マツの生まれ変わりを見つけられるのか、とっても心配。

2004/2/25

朝、会社の門近くの信号が青に変わったので急ごうとしたら、ブロック壁の根本に壁と同じ色のグレーの猫が丸くなっているのを発見。立ち止まると「にゃー」と声をかけられたので、次に信号が青になるまで、ナデナデさせてもらうことにしました。猫は、鈴をつけており毛並みもきれいだったので飼い猫と思われましたが、耳の先がいびつになっており、目やにもかなり出ていました。なにか病気を持っていて、チャミにうつすことになってはいけないと思い遠慮がちにナデナデしたせいか、猫の方も私のコートのすそに遠慮がちにスリスリしていました。信号が青に変わる直前、猫が先にその場を立ち去ったので、私も心残りになることなくその場を去ることができました。今日は四十九日だし、一瞬、マツのお使いかな?と思ったり。

2004/2/24

明日は、マツの四十九日です。って考えすぎると、また頭がパニックするとイヤなので、今日のうちにいろいろ考えてドツボニはまるならはまっておこうと思って書いてます。彼との大喧嘩もそれまでには決着をつけておきたいなあと思い続けてきて、結局、やり直すことにしました。マツにもきちんと報告できそうです。
ここのとこ、チャミの様子がどんどんおかしくなっていっています。猫にあるのか分かりませんが、犬でいえば分離不安みたいな状態で、私がいればぴったりくっついているし、寝ている間に別の部屋に行ったりすると、狂ったように鳴いて呼ぶし、相手をしないとこれまでワーワーわめきます。常に抱っこしていると余計に助長してしまいそうで、どう扱っていいのか困っています。やっぱり一匹じゃ寂しいのかな?

2004/2/19

やっぱりダメで、今日は久しぶりにかなり泣きました。マツはいったいいつ生まれ変わってくるんでしょうか? 何に生まれ変わってくるのでしょうか? 信心深い祖母に電話して聞いたのですが、「畜生界と人間界は別物だから、マツはまた猫にしか生まれ変われない」と言われてちょっとショック。昔、「人間の方が位が上」とも聞いたことがあったので、マツはいい猫だったから、ステージが上がると思ってたんだけどな。ま、人間に生まれて来られても、マツのように溺愛はできないから、猫の方がいいかもしれないけど…。
祖母いわく、「そんな猫のことなんか忘れちゃいなさい。人間もそうだけど、いつまでも泣いてたら猫だって成仏できないし。それに飼ってたらどうしても情が移るから、もう動物なんて飼っていかんよ」だそうです。祖母は昔から、人間は人間、動物は動物と、とってもドライなんだよね。信心深いなら、生きとし生けるもの全ての命が平等に尊いとか考えそうなんだけど、何かが違うらしい。私や弟は、祖母の影響を受けて、交通事故にあった猫なんかを見ると手を合わせて拝んできたのにね。そして、(多分)祖母はまだ、私がドッグセラピストの勉強をしていて、ドッグトレーナーの技術を身につけ、動物と関わって生きていこうとしていることは知らない…。

2004/2/16

今日、随分とラクになってきて、こうやってどんどん悲しみが薄れていくんだなあと、少しほっとするような気持ちになりました。でも、会社からの帰り道、マツが力尽きた瞬間の姿を思い出し、突然、涙が溢れてきてしまいました。まだまだ、感情が行ったり来たりするようです。
学校の友人が「虹の橋」という物語を教えてくれました。ネットで検索して読んでみたところ、また目がウルウル…。でも、できれば私はマツには生き返ってほしいから、私なんか待ってないで、新しい命として生まれてきて欲しいなあと思いました。

2004/2/9

今日は、初の月命日です。やっと、1ヵ月経ちました。とても長かった。そして、哀しいくらいじゃ死ねないことが、悔しい…。こんなに哀しいのに、です。帰りの電車の中で、涙が出て困りました。
昼間、会社の人がデブ猫ちゃんの写真をみつけ、「MYちゃんとこはこれくらい?」と聞くので、「いや、多分、もっと大きいと思います。だって10kgの米袋からたったの1kgマイナスするだけですから」と言ったんです。その後に、「でも先月死んじゃいました」と言えるタイミングがあったんですが、言うことを考えたら泣けてきそうで言えませんでした。会社ではまだ2匹生きてることにしてしまいそうです。
10キロの米袋マイナス1kg…。そんなに重かったのかな?とも思いました。死んでしまう1週間くらい前、突然、マツが私の膝の上にニジリニジリとのぼって来たので、「なに〜、甘えて」とマツを抱きかかえ、そのままブヒブヒと甘えさせたことがあったのですが、あの重さを膝にのせているのは、確かに重かったけれど幸せでもあったなあと懐かしく思います。今度、お米を買ったら、抱っこしてみようと思います。

2004/2/8

昨日の続きをということで、朝からホームページを書き続け、更新し続けています。
実は、少し悩んでいました。このホームページに、マツの死、ペットロスをテーマにしたページを設けていいのか…。本当は、ずーっとこれからもマツが生きているかのようなページにしちゃいたいなと思った時期もあり、その方が、初めて見てくれる人にも衝撃がないと思ったからです。
でも、デジカメの写真を整理していて思ったのですが、「ねむねむフォトアルバム」はいずれ、チャミの写真だけになってしまうのだから、マツが死んだことは明らかにしておいた方がいいように思いました。ただ、私にはまだ書いていない「マツとの楽しかった思い出」があるから、これからも現在進行形で文章は膨れ上がっていくことになるだろうな…、と。写真も、面白いのがポロポロあって、フォトアルバムもかなりの枚数更新してしまいました。こんなに一気に更新してしまっては、ちょっともったいなかったかも、です。

2004/2/7

あと2日で、マツの死から1ヵ月。あっという間でした。
いまはもうご飯もちゃんと食べているし、睡眠時間は多く取るようにしています。 たくさん眠ると、本当に心がラク。お昼寝のできる生活に戻りたいです。
今日は学校へ行き、私のホームページの宣伝をしている内に、マツの死についても、ちゃんとページを立てたい気になって、帰って来てから食事に出た時間以外はずっとパソコンに向かっています。
恐くてあまりじっくり読み返せない箇所があったり、泣けてしまったりしているのだけど、あれだけパニックしている中で、よくもこれだけ書きつづっていたよなと思う量のメモ(パソコン内にも、ルーズリーフにも)があり、作業ははかどっています。
あとは、写真。デジカメの電池が切れてしまって、マツの写真データが取り出せずにいるので・・・。明日はまた写真整理の日になるかな?

2004/2/4

マツの死からまもなく1ヵ月が経ちます。この1週間のうちに、私の誕生日があり、またまた彼との大喧嘩がありました。
ひとつだけいえることは、今回のケンカは、マツからのプレゼントなんじゃないかということ。「マリちゃん、これからも今の彼とやっていきたいなら、ちゃんと話し合った方がいいんじゃない?」とマツが仕掛けてくれたことのように思えてなりません。それくらいマツの死をきっかけに起こったケンカであり、重要な内容を含むものだったから・・・。もし、そうだとしたら、マツは本当にすごい猫だと思います。 2月1日には、マツの写真を再度整理しました。それからたっぷり眠りました。実は、この間、精神科にも行ってしまったのですが、「原因がわかっているものは時間に解決してもらうしかない。それには寝るのもいい策なんだよ」と言われたからです。確かに、昔、嫌なことがあると睡眠逃避するタイプだったから、いいアイデアだなあと思って。
久しぶりに昼寝もして、ウダウダしたら、夜眠れなくなっちゃいましたが・・・。寝るのは本当にいいようです。

2004/1/25

昨晩、チャミちゃんは大阪からやってきた私の友人の布団で眠り、私の方へは一度もやってきませんでした。友人いわく「まくらの取り合い」をしていたとか。おかげで、友達を寝不足にしてしまったかも。体調が悪そうだったから、ゆっくり寝かせてあげたかったのに…。
今日は、『わんにゃんドーム2004 in 名古屋ドーム』、2日目にして最終日。今日は昨日に引続き、ドッグランの受付&監視と、イベントの採点と、しつけ教室の見学をさせてもらいました。
ドッグランでは、1匹、ブリッジから転落して足を捻挫してしまった子がおり、安全面への配慮がし切れていないことを反省しました。でも、運営は昨日よりかなりこなれて、いい回転数だったと思います(かなり儲かったんじゃないかな?)。
イベントの方は、初日はどうやらボロボロだったらしいのですが、今回はかなり「魅せる」ことのできるものになったようで、トレーナー達のホッとした雰囲気が伝わってきました 。犬達も随分緊張するようで…。やはり、ショー用の子がいた方がいいように思いました。
しつけ教室の方は、私より年次の上の方が1頭ずつみて、私は2頭見なきゃいけなくなり、困りました!サポートで入るからには、トレーナーだと思われているわけで、それなりのサポートをしてあげないと悪いと思い、私のこれまで習った範囲、分かる範囲でお答えするようにしました。が、びっくり!私が教わったことだけをお伝えしたのに、あっという間に「あとへ」の号令に従って歩けるようになっちゃったんです。飼い主さんとの信頼関係があるから、こんなつたない説明でもできちゃうんだなあと思いました。それと、オーナーさんをほめ殺しにしてやれ!と、ちょっとでもできたら、いまの良かったですよと言ってみたんです。これも正解だったようでした。そして、犬種特有の性格を把握しておくのは、必至だなと。それが分かっているか、そうじゃないかでも随分違うと痛感です。モモちゃん、ハナちゃん、がんばってリード引張らない良い子になってね!
さて、今日は早めに帰ることができたので、金曜日に注文したマツの焼き増し写真を引き取りにいくことができました。ミカン箱に入ってるお気に入りの1枚を見ただけで、嬉しくなってしまいました。
この週末は、良かっただらけになって、良かった。ほんと、良かったです。

2004/1/24

『わんにゃんドーム2004 in 名古屋ドーム』で、ドッグランの受付と監視をさせていただきました。楽しかったです。ほんと、楽しかった。心が躍りました。
特に、感動したのがフリスビー犬のデモンストレーション。オーナーと犬との信頼関係、絆をひしひしと感じて、マツと自分との関係がダブって泣けてしまいました。マツが私にくれていたもの、本当にかけがえのないものを失ってしまったなあと思います。
チャミは、いま、我が家に宿泊しにきたクラスメイトのお布団の上で眠っています。あの子の愛想の良さは、ほんと、ぴかいち。あれはあれで、いい才能だと思うから、なにか芸でもしこんでみますか。

2004/1/23

明日、『わんにゃんドーム2004 in 名古屋ドーム』というイベントがあり、私が勉強をさせていただいてる組織(どういうことかはまた後日話しましょう)が出展することになってます。私はボランティアで参加することにしているのですが、私のクラスメイトも一人参加することになっており、その子が我が家に泊まるため、ちょっと準備をしました。
ここのところ冷え込みが厳しかったので、布団が薄くて寒いといけないなと肌掛け布団を2重にして掛け布団にしたてたり、ホットカーペットを出してみたり。そのホットカーペットを出す前に、ござをあげて掃除機をかけておこうと掃除をしたところ、マツのお気に入りで、いくら探しても出てこなかったブラシが出てきました。思わずキャンディーズの歌を口ずさんでしまいました。
「タンスのかげで こころぼそげに迷子になった ハートのエースがでてきましたよ おかしなものね 忘れた頃に見つかるなんて・・・」(確か、2番の歌詞です。年齢、ばれますね)。
ござの裏も、何度もひっくり返してみていたんですけどね。

2004/1/21

マツに会えなくなって、何日目なんでしょうか?今日、やっとご飯を作る気になれました。メニューはホワイトシチュー。先日、会社の食堂で食べたのですが、自分でつくった方が美味しいなあと思って。
マツがいなくなって、困ること。夜、寒いこと。以前は、マツが布団に入ってくれるか、布団の上にいてくれるかだったのですが、いないから。ここ3日くらい、掛け布団がベッドからずり落ちて寒くて目が開きます。9キロの重石がのっかってたんだもんね。
チャミは首の辺りで寝るんですが、たまに布団に入ってくるようになりました。が、マツより体にボリュームがないので、お互いどうも寝づらくて、すぐに出て行ってしまいます。
相変わらず、マツにお供えしたエサから先に食べるチャミ。そのおかげで、薬も嫌がらず(?)食べているようだからいいけれど・・・。
引っ越し、真面目に考えてみようと思ってます。マツがいなければ、マンションの散策道は本当に意味がなく、3つもお部屋があることも、本当に意味がないから・・・。

2004/1/20

マツに会えなくなって、マツを抱っこできなくなって、マツのにおいを嗅げなくなって、10日が経ちました。考えると今でも泣けてくるけれど、生活はいつものように回り始めてます。会社で何度、発狂して泣いてしまおうかと思ったかしれないけれど、いまのところ耐えてます。マツのいない生活は、思ったより大丈夫だったけど、生きてる意味というか張り合いの何パーセントかを失った感じがします。初七日の法要のことで、ボーイフレンドと大喧嘩をしてから、彼と今後一緒に生きていくことはもうできないなと考えるに至っています。
私は、以前、精神を病んでしまったことがありました。行き場をなくした私を、助けてくれたのはマツでした。マツがボロボロ泣いている私をいつもと変わらず見つめてくれて、私はベランダから飛び降りずに済み、現在に至っているんです。私にとってマツは命の恩人。アニマルセラピーを勉強するきっかけをくれたのもマツです。マツは私にとって、本当にスペシャルで特別な存在なんです。でも、その大切度とか思いとかを理解し合うのって、難しいことなのかもしれません。
今回、マツがくれた「考える時間」は、私にとってはとても大切なこと。それを「彼が踏み躙った」と思ってしまったことは、私の中では取り消し用のない事実…。しばらく、一人になった方がいい。そう思います。

2004/1/11

とりあえず、私は生きてます。昨日も、今日も、号泣しては友人に電話をかけており、今日なんか、二日酔いでヘロヘロの友人が心配してわざわざ会いに来てくれました。とことんつき合わせ、グチってやろうと思っていたのですが、起きているのも辛そうな顔をしていたので、早めに解放してあげました。ほんとに体調が悪いのに、心配してくれてありがとう。申し訳なかったです。
昨日、葬儀を済ませ、今日は弔いのためにマツが使っていたリードを持って、マツの散歩コースを歩きました。穏やかな昨日とは打って変わって、寒さの厳しい風の強い日でしたが、楽しかったことばかり思い出せて、心はとても穏やかで温かでした。その後、写真を整理してみました。思い出ができるのが恐くて写真が撮ってこられなかったので少ないだろうな、寂しいなと思っていたのですが100枚以上あり、日付のない写真が多いのを1枚、1枚、日付順に並べるために眺め回しているのも楽しく、そこに写っている表情の一つひとつ、仕草の一つひとつが何倍ものことを思い出させてくれて、幸せな気持ちになれるひとときでした。散歩の時も、写真を整理している時も、涙は一滴も出なくて、笑顔だけが出るんです。まだ大丈夫と言える元気はありませんが、こうやって少しずつ、消化していきたいと思います。
※泣きすぎ&顔をゴシゴシ拭きすぎで、目の周りが荒れてしまいました。明日、仕事に行くまでに治せるかしら?ぐすん

2004/1/9

21時23分、マツが他界しました。亡くなるまでの数時間、一緒に毛布に入り、昔話をしました。マツがリラックスしているのが伝わってきたし、私も幸せな気分になれました。それで十分です。金曜日の夜を選んでくれて、じいちゃんの手術の日を選んでくれて、マツにしては上出来すぎる最後だったと思います。

2004/1/9

緊急事態発生。マツが緊急入院しました。朝、いつものように起きてきたのに、ご飯を少しだけ食べてトイレに行った直後から下半身が動かなくなり、のたうちまわり・・・。血栓が足のつけ根の大動脈につまった疑いとのことで、後ろ足の肉球が黒ずみかけており、抹消の血管を広げる点滴をしたあと、酸素吸入をすることになりました。先生からは、私が顔を見せるとマツが興奮するので来ないよう言われました。何より安静にすることが大切だということです(実のところは、私があまりに狼狽するので迷惑なのかも)。このまま死んでしまうんじゃないかと思い、すごく恐いです。
マツが死んでしまったら、私、ちゃんと生きていけるかな?
人間だっていつか死ぬんだろうし、大きな地震も近いというからいつかはお別れの時がくるものだけど・・・。
この場をお借りしまして、お父さん、お母さん、私に万が一のことがあったら、チャミをよろしくお願いします。

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