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●葬儀、そして私なりの弔い ※当時、書き込んだ掲示板の原文、ほぼそのままです。
日付: 2004-01-10 19:35
今日、動物霊園に行って、火葬を済ませました。
大親友2人と、彼がついて来てくれました。
3人とも、当たり前について来てくれて嬉しかったです。
私はずっと冷静だったのだけど、マツの棺に花を手向ける際、
泣き崩れてしまったし、火葬場で最後のお別れをする時も
泣き崩れてしまいました。その時、マツが
「幸せなのに何で泣いてるの?」と言ってくれた気がして、
突然、心が温かくなって「ごめん、そうだったね」と言えて
最後は笑顔で送り出せました。
境内にはたくさんの野良猫がいて、その内の一匹が
火葬場から出て来たばかりの私の膝に、勝手に乗り、
慰めてくれました。
マツの頭の骨とノド仏はかなりきれいに残っていて、
いい行いの猫だったのだなと思ったりしました。
また、最後に清算をしようとバックをあけたところ、
突然、猫のオシッコのにおいがしてびっくり。
なんと、マツがそのカバンにオシッコを
ひっかけていたようなのです。
マツにアッカンベーをされた感じで、
最後の最後までやってくれるなと笑えると同時に、
泣けました。このカバン、洗うべきが、
このままにしておくべきか悩んでます(ほんとに臭いんだもん)。
今日、葬儀についてきてくれたのとは別の友人から
「今朝、女の子を出産したよ〜!」という
ニュースも飛び込んできました。
死んでいくものがあれば、生まれてくるものがある。
私はマツは必ず戻ってくると思うし、またきっとどこかで
会えると思うんです。
昨日は、やはりほとんど眠れず、火葬場から戻ってきてから
布団に入ったのですが、布団の上に、何かがポンと乗る
感触がありました。
私の腕の中にいたチャミもその感触に気付いたようでした。
マツはまだ、ここにいるんだと思います。
それは嬉しいけれど、私は生まれ変わったマツとも会いたいです。
皆さん、いろいろ見守ってくださってありがとう。
しばらく、自分の中で処理した方がいいと思う感情があって、
ここに書き込みができないかもしれません。
昨日、書き込んだこととまったく逆のことを言ってすみません。
もう少し元気になったら、戻ってきます。
皆さんも、猫ちゃんとの一秒一秒を宝に。大切に。
日付: 2004-01-11 10:52
チャミじゃ、全然ダメ。なんかもう一人にしておいてよ!
ってくらいかまってほしがるのが嫌です。
マツならこういう時はただじっと見守ってくれた!とか、
マツはこんなことはしないとか、
ありとあらゆる部分、マツと比べてしまって、
あそこがダメ、ここがダメって思ってしまう。
こんなことじゃダメだなあと思い、さっき、大きく深呼吸してから
チャミに「これから二人でもっとお互いのこと分かっていこうね」
って言いました。
チャミはマツと私が既に生活しているところへ来たんだから、
二人だけの暮らしを知らないし、マツとは違うから、
マツと私がお互いのことを知り合ったみたいに、
チャミと私だけの関係をやり直さないといけないんですもんね。
昨日、マツの祭壇を作りました。
が、お供えしたエサを早速チャミが食べてたし、
お供えしたお水には手をつっこんで遊ぼうとするし。
笑えるやら、頭に来るやらで、
その盗み食いの瞬間をデジカメしてやりました。
今朝も、お供えをした次の瞬間にエサを食べました。
さすがにお水に手を入れた時は頭に来て
「チャミ!」って怒ってやったんだけど、そしたら
今のところは、やっていないようです
(が、目は狙っています)。
よく考えたら、私、チャミにはあんまり怒ったことなかったかもしれない。
いま、チャミは私の脱ぎたてのパジャマの上で毛づくろいしてます。
脱ぎたての衣類を好むのもチャミだけで、
マツはやらなかったんですよ。
いまから、マツとの散歩コースをひととおり回って、
おとむらいしてこようと思ってます。
でも、全コース回るにはちょっと風が強いからなあ・・・ブツブツ。
そんな風に思うことが増えていって、もっと手軽なお弔いに変わって
行くんだろうなと。でも、それでいいんでしょうね。
その後、マツの写真を整理して、祭壇に置こうと思ってます。
さっき、過去の写真を取り出して見てみたんだけど、
あんまり枚数はないんだけれど、
一枚一枚、いろんな思い出がよみがえって笑えました。
思い出の品が残るのがずっと恐くて、写真もあまり撮ってなかったのが
ものすごく悔やまれるんですが、それでもこれだけいろいろなことが
昨日のことのように思い出せて、温かい気持ちになれます。
トイレは一つ片付けました。チャミだけなら、2つも必要ないし。
不思議なことなんだけど、いつもなら買い置きのエサも6袋を切ると
慌てて買いに行っていたんだけど、今回は、3袋になってもまだ
買いに行っていませんでした。今週末、いくつもりだったんです。
冬休みに前に猫の置物の耳が少し前に壊れたのも気になってたのに、
冬休み前にマツを医者に連れて行かなかったことも、
どこか気になってたのに、来週にでもいこうか、って流してました。
マツが旅立ってしまう一週間前くらいから、
異常に甘えて抱っこしてほしがって、膝にずかずか上がって来たのも
「どうしたの、そんなに甘えて」
って言ってしまったくらいおかしなことだったのに、
いろんな虫の知らせを、見送っちゃってたなあと思います。
そういう異変の数々を見逃してきたことはやっぱりとっても後悔してます。
でも、もうやり直すことはできないし…。
マツの祭壇を私の机の横にあるチェストの上に作ったのは
良かったみたいです。
その辺りに、骨壷の白い入れ物があるだけで、
マツが昔みたいにそこで眠りながら、お互いの気配を
感じあえている気がして、いい感じです。
骨を土に返さなきゃいけない日が来ることは分かってるけど、
できるようになるのかな?
情けない話なんですが、やっぱり瞬間、瞬間で
死にたくなってしまうことがあります。
恐くて包丁がもてなくて、食事を作ることができません。
マツがそんなの喜ばないって分かってるけど、
マツとの出会いに感動し、マツとの生活の中で影響を受け、
やってみようと始めた動物のトレーナーの学校へ通うことも、
マツと散歩するために散策道のあるこのマンションを選んだのに、
その家賃を払い生活を維持していくことも、
もう全て放棄してしまいたいです。
マツがいるから、私は頑張ってこられたのに、
マツがいなきゃ、やっぱり、私が生きてる意味がない気がします。
●最後の添い寝 ※以下、メモをもとに書き起こしたものです。
マツの死後、腕枕で寝たかったのですが、朝起きた時に死後硬直でおかしな格好になっていてはかわいそうだと思い、すぐに箱に収めました。でも、最後に添い寝はしたいと思いました。いつものように私のお腹とマツの背中をくっつけて寝ることはできなくても、まくらもとにおいて、触れて眠ろうと思ったのです。
マツの入った箱をベッドの左肩側に置き、顔をこちらに向けて寝るようにしました。でも、高さをあげてしまったせいで、寝たままの状態では顔を見ることができませんでした。そこで、せっかくつくった箱の壁を2つほど壊し、マツの顔を見て、菊が潰れるのも気にせず腕をマツの体の上にのせて眠ることにしました。
マツの体は相変わらずぷっくりしたシルエットのままで、何度触ってもまるで生きているようでした。が、よく見ると、鼻の穴から、マツが息絶えた時に吐いたのと同じような血の混じった液がにじみ出ているのが見えました。私は、ティッシュでこよりをつくり、その水を吸い取っていましたが、なんど吸い取っても水がでてくるのです。もしかしたら、右を下にして寝ている状態のマツの口の脇からも出て、顔がよごれているかもしれない。そう思った私は、マツの顔を起こし、反対側の汚れをチェックしようとしました。でも、できませんでした。マツは既にガッチリと死後硬直を起こしていて、前足を動かすことができず、それに押さえられているような状態になっている顔だけをあげるなんてことは、とてもできませんでした。マツは本当に死んじゃったんだなあと思いながら、もう一度、マツに顔をくっつけて臭いを嗅ぎました。私が大好きだったマツの臭いがしました(悔しいんだけど、臭いを表現するのはとても難しくて、なんと言っていいのか分かりませんが、マツはお日様の臭いに独特の甘い香りが交じった優しい臭いがするんです。チャミはベースは同じだけど獣臭い)。それから、鼻先をあわせてチュッ!もしました。これをすると、いつもマツは、よせやい照れるじゃねえかって感じで顔をそむけてペロッと舌を出して鼻先を舐めたものでした。そして、箱越しに頭どおしをくっつけて、マツの首筋に手を当てたまま眠りました。チャミは、いつものように右肩側で丸くなっていましたが、この日は一回もゴロゴロ言いませんでした。
●火葬場へいく前に
火葬場は、きちんとお別れをさせてもらえるところ、お骨をもらって帰れるところをと考えました。
以前、拾った猫は共同墓地に埋葬してもらうことにしたのですが、グラムいくらでカウントされ、冷蔵庫に入れておいてまとめ焼きというスタイルで、大小さまざまな箱が山積みとなり、下の方は潰れているような状態の冷蔵庫に入れるしかなく、嫌な思いをしたからです。マツは、私にとって特別な猫ですから、合同ではなく単独で送ってやりたかったのです。
私は、マツが死んだ夜、猫を看取ったことのある友人に電話し、彼女が葬儀をしたお寺を教えてもらいました。24時間受付というので、さっそく電話すると、他の予約時間と照合する必要があるので翌朝電話すると言われ、結局、時間を決めることはできませんでした。電話口に出た人が、(多分)24時間受付の外注スタッフで、マニュアルどおりの受け答えしかしていなかったのに、私が予測外のことを言い、なんどマニュアルで聞かれても予約を取ろうとしたのがいけなかったんだろうなと、後日気付きました。
翌朝、9時前に、お寺のスタッフから電話がありました。私は、その前から目覚めていて、マツに向けたお別れの手紙を書いたりしていました。それを書きながら、内容をメモしたい衝動にかられましたが、「これはマツにだけ渡すものだから」と自分に言い聞かせました。ライター根性がこんなとこにも出るんだなあと、少し苦笑い。
「10時にいかがですか?」
普通のおでかけなら、適当な時間かもしれませんが、マツとのお別れまでの時間が残り1時間とは、とてもじゃないけれど気持ちの整理がつきそうにありませんでした。
「ちょっと遠いので、11時頃にお願いしたいのですが・・・」
2時間の猶予ができました。それからは大忙し。マツのお手製棺の中に、我が家の冬の象徴であるシャコバサボテンの花をちぎっていれ、猫砂、家の中に転がっていた松ぼっくり、かつお節、エサ、マタタビの粉、健康食品(核酸DNA)を入れました。それから、大慌てで外へ行き、マツと歩いた場所のポイント、ポイントから、そこに生えていた草や落ちていた葉、どんぐりをかき集めてきてマツの上に散りばめました。よくおしっこをかけていたアジサイは、葉が全然なくて入れることができませんでした。
あえて入れなかったものもあります。心臓の薬。今度、生まれて来る時は元気でいるのが当たり前の子になってほしかったから。それから、リードも入れませんでした。これからは、行きたいところへ自由に行けばいいから。入れ忘れたのは、水。マツを家から出す直前に、マツの口びるをマツが大好きだった風呂の床の水でぬらしてあげようと思っていたのですが、ころっと忘れてしまいました。
最後に、体重測定。9キロ。結局、あまり痩せてませんでした。
●火葬場
マツの棺には蓋がなかったので、上にはマツが昔窓際でお昼ねするときに敷いていたブランケットをかけて家をでました。火葬場までは、彼に車を運転してもらいました。猫アレルギーが酷いのに、私の車で!と言い張ったので、彼は途中から辛そうでした。私を慰めようとして、「あえないことで辛いより、死んじゃった方がマシだから」と言いました(この日は、噛み付きませんでしたが、後日、これがケンカの火種になったのは言うまでもありません)。
火葬場では、私の大親友2名が待っていてくれました(内一人が、マツの死後花を持って駆けつけ、この寺を紹介してくれた子です)。3人で境内を進むと、猫、猫、猫・・・。野良猫がいっぱいいるのです。野良犬も1匹みかけました。2人は、マツの納められた箱を覗き込み、
「寝てるみたいだね」
と言ってくれました。 嬉しかった。眠るような格好で送り出してやりたかった私の意図どおりの結果になったようです。受付で指示された場所にマツを置き、必要事項を書き込みはじめました。ひとつ困ったことがありました。それは、マツの年齢です。私の記憶と、病院のカルテで換算すると9歳半だったのですが、マツを拾った人がいうには8歳だというのです。もうすぐ10年生きたことになったのと、もうすぐ9歳だったというのでは、私の中で大きなしこりがありました。間を取って、9歳だったことにすることにしました。全てを書き終えると、私の正面に座って記入事項に漏れがないか確認していたお坊さんが訪ねました。
「あの、猫で9キロというのは?(間違いでは?)」
「うちの子、デブなんです」
それから、骨壷を入れる袋の色を選びました。もちろん、白。金色っぽいのもマツのしっぽの色に似ていたのですが、マツは白い猫だったのだから。
「金の方は、チャミの時にする」
「もう、縁起でもないこと言わないの」
親友の一人が困り顔で言いました。スタッフの方が近づいてきて、神妙にいいました。
「ご遺体を入れる箱を準備していますが、どうされますか?」
参列している友人から聞いていたことでしたが、ここでは白木の箱とか、なにやら可愛い絵の描かれた箱とかが準備されていて、それを薦められるのです。聞いてはいたけど、ちょっとムッとしてしまいました。だって、マツの入っている箱は(たとえ、特大お中元ビールの空き箱だとしても)マツのお気に入りの箱だったのだから。
「あの箱、あの子のお気に入りだったんです。燃やすのに支障があるのでしたら買いますけど?」
ちょっと刺のある言い方をしてしまいました。スタッフの方は、笑顔で引き下がりました。そして、また別のスタッフの人が近づいてきました。今度こそ、葬儀に移るようです。
「私がご遺体をお持ちしますので、後について来てください」
が、持ち上がりませんでした。思わず、スタッフの方と参列した友人一同に笑いが起きました。マツの体重は9キロ。普通の猫の2倍ですから、普通の感覚でいたら持ち上がらなくて当然なんです。
「あ、すいません。うちの子デブなんで」
今度は、 スタッフの方も腰にしっかり力を入れて持ち上げました。
ちょっと薄暗い本堂(?)には、たくさんの骨壷が置かれたロッカーのようなものが並び、一番奥に、祭壇があってマツが置かれました。ご住職らしき人が、読経を唱え、それにあわせて焼香をしました。
宗派はなんなのかよく分かりません。が、途中、祭壇に置かれたマツに、
「どぅえいッ!」
というような掛け声と共に引導が渡されました。その瞬間、引き裂かれるような感じがして涙がこぼれ落ちました。それから、マツの顔の周りにお花を入れるよう促されたのですが、マツの顔を見た私は泣き崩れてしまいました。もうこれで、本当に会えなくなるんだ、と。焼き場で、最後のお別れをと言われた時も、また号泣してしまいました。もうマツに触れることも、抱くことも、鳴き声に振り返ることもできなくなるなんて、たまりませんでした。それで、マツの首の辺りに顔をうずめて泣きました。その時、
「幸せなのに、何で泣いてるの?」
とマツに言われたというか、そういう感覚が伝わってきたんです。その瞬間、私の体からも力が抜けて、そうだね…と言えて、それから自分でも何を言ったのか覚えていないけれど、マツへの感謝の気持ちを顔をうずめたままダーッと早口で喋り、がばっと笑顔で起き上がって、
「絶対、生まれ変わってきてね」
と大きな声で言いました。
●お骨引取り
マツが焼けるまで40分くらい時間がありました。焼き場を出てすぐのところにも猫、猫、猫。私がしゃがむと、一匹の猫が近づいてきて、数回スリスリした後、私の膝の上に勝手によじ登ってきて丸くなりました。そのズーズーしさは、まるでチャミのよう。白黒模様だったので、牛くんと名づけました。しばらくそのままでいると、お乳がパンパンで明らかに妊娠中か授乳中と思われる野良犬が近づいてきて、牛くんの臭いをフンフンと嗅ぎ、牛くんは次に何かあれば膝からいつでも逃げてやる!っといわんばかりに全身を緊張させていました。もちろん、私も次に何が起きるかとビクビクしてましたが、野良犬は去り、何も起きませんでした。先を歩いていた友人たちが、私が来ないのを心配して戻ってきてくれたので牛くんに膝からどいてもらい、近くのデニーズへ行きました。食事をして戻ると既に火葬は終わっていて、焼き場ではマツの主要な骨をコンロの上に並べたような状態で置かれていました。マツの骨は白く、とてもきれいに残っていました。昔、祖母などが生きている間の行いがいい人はきれいに残るものだと言っていたのど仏も完璧に残っていました。また、頭の骨もほぼそのままの形状で残っており、誰かが、
「結構、顔でかかったんだね」
と言いました。
スタッフに促され、骨壷に骨をいれることになりました。人間の場合、箸と箸で合わせて骨壷に入れますが、スタッフの人は自由に入れてくれていいと言いました。しばし、話し合いの時間。骨壷は小さいので、入れられる数が限られているからです。マツの頭の骨はかなりしっかり残っており、しかも大きかったため、他の部位の入れられる数が少なくなってしまいます。でも、マツの頭はやはり入れることにしました。私が頭を入れ、誰かがすねあたりの骨をいれ、小さな隙間にぴったり収まりそうな細長い骨を誰かが入れ…。できる限りたくさん入れて、最後に私がのど仏を入れました。蓋がちゃんとしまるか心配で、ちょっとトントンと底を叩いてしまいました。ま、その辺は、ご愛嬌(友人が葬儀に立ち会った別の猫の場合は、飼い主がとにかく骨をたくさん拾おうとして、ムリヤリ押し込み骨壷の中で骨が割れてたらしいので…)。コンロに残った灰ももらって帰り、マンションの散歩道にばら撒きたいと思いましたが、みんなに止められやめました。火葬場から葬儀場の受付へと向かう道で、マツの頭の大きさが再び話題となりました。
「マツ、結構、顔がでかかったんだね」
「そうか?顔の小さい猫だなあと思ってたよ」
「違う、違う、体がでかすぎて分からなかったんだよ」
私たちが爆笑していると、スタッフの方がぽそりと、
「僕もここ長いですけど、あんなに大きな猫は初めて見ました」
「ですよねえ」
ギャハハハ。笑ったり、泣いたり、忙しい日です。
まだほんのり温かい骨壷を抱いて、清算をしました。個別葬なので、ちょっとお値段は高めです。いざ、お金を払おうとカバンを手にしたとき、ぷ〜んとかぎ覚えのある香りが立ち上りました。猫のオシッコの臭いです。辺りを見渡してみました。野良猫が多いからかと思ったのですが、だったらこの寺に来た時から気付いていてもいいはずなのに・・・。もう一度、カバンに手をかけました。ぷ〜ん。またです。今度は間違いなくマツのオシッコの臭いだと分かりました。と同時に、やられた!
と思いました。マツは、いつの間にか私のカバンにオシッコをしていたのです。床に物を置くと、よくやられたので気に入っていたこのカバンは床には絶対置かないようにしていたのに。マツの置き土産に、笑えるやら泣けるやら…。
「ねえ、このカバンにオシッコされてた」
受付の途中でしたが、私はボロボロ泣き出してしまいました。
※後日、このオシッコはマツを病院から連れて帰って来て、駐車場から家へと向かう途中でされたものではないかと思うようになりました。あの時は気付きませんでしたが、マツは一瞬気を失って脱力したためずり落ちそうになり、失禁したのだと思います。その時、私はカバンをちょうどマツの肛門にあてる格好で、マツとそれを抱える自分の体勢を整え直したことを、はっきりと覚えているんです。
●不思議な出来事
家に戻ると、いつものようにチャミがお迎えに来てくれました。そして、後ろを振り返りました。いつもなら、チャミが出てきた後を追うように、後ろの方でマツが押入れから飛び出てくるか、寝ていた場所からよっこらしょと起きてくるかしていたからでしょう。チャミは、自分の後ろから「おい、どけ」とマツがつつかないのを不思議な気持ちでいるかのように、何度か後ろを振り返っていました。
私は、お風呂場へ行き、お風呂の洗面器にためた水を指先につけ、パッパと骨壷にふりかけました。
「さっき、お水あげられなかったからね」
これで、葬儀が一通り終わりました。私はとても疲れていたし、昨晩、ほとんど寝ていなかったので、マツの骨壷を昨晩と同様に左肩側に置いて布団に入りました。チャミは、右肩側の定位置に丸くなりました。その時、フッと私の足元の布団の上にマツが飛び乗ったような感覚がありました。びっくりしましたが、少し嬉しくも思いました。マツは、まだその辺にいるんだ…。でも、その一方で、ちゃんと成仏してもらわないとな、とも思いました。私が、引き止めるようなことをしちゃだめだぞ、と。その日は、足をスリッとされたり、布団の上で寝ているように見えることがあったり、マツの幻影に泣かされました。
●祭壇
結局、昼間は眠ることができなかったため、祭壇をどうしたものかと考えることにしました。初めは、私のベッドに置きっぱなしにしようかとも思いました。毎晩一緒に眠れるから。でも、ベットのある部屋は北側にあり、いつもカーテンを締め切っているのでとても暗く、置いたままでは手を合わせることもしなくなるような気がしました。かと言って、立派な仏壇を買うまでは考えられませんでした。そこで、手作りの祭壇を作り、どこかへ置こうと考えました。テレビ横のラックの上が一番日当たりがいいのですが、ここはチャミがよく飛びのること、植物も置いてあって誤って水をかけてしまいやすことからやめました。タンスの上はどうだろうか?ここは、マツが天袋に飛び乗る際に足場にしていたところです。が、ひとつ問題が。そこは、チャミのお気に入りのお昼ね場所でもあったのです。試しに骨壷を置き、いつもの机に向かってみました。すると、タンスの上からマツがこちらを見てくれているような気がしました。それにタンスの上なら、毎朝着替える時にお骨を拝むこともできそうです。チャミには申し訳ないけれど、やはり、タンスの上に祭壇を作ることにしました。
なにか下に敷いて、それらしく見える物はないかと探してみましたがありませんでした。そこで、彼に付き合ってもらって買いに行くことに。和風のお盆のようなものか、ランチョンマットのようなものでちょっとセンスのよいものをと、100円ショップとおしゃれな雑貨屋さんを覗きましたが、適当なものはありませんでした。ランチョンマットは所詮ランチョンマットであることも分かりました。その日、買うのを諦め、夕食の食材を買おうと出かけたスーパーマーケットに併設して雑貨屋があったため、念のために覗いてみることにしました。すると、楕円型のトレーがありました。オードブルを直接盛り付けるのもいいし、ランチョンマット代わりにするにもいいというような代物で、素材はプラスチックだと思うのですが、石を削って作ったような模様がついていました。これだ!
こうして誕生した祭壇には、マツへのお供えのエサと水、使っていたリード、くし、猫の置物たちが並びました。チャミのためにお昼ねスペースも空けてあります。が、頭に来たことが2つ。祭壇にエサと水を供えた直後、チャミが祭壇のご飯を食べてしまったのです。それから、水には手を突っ込んで遊ぼうとしました。エサは我慢しますが、タンスの上での、しかもお供え物での水遊びは許すわけにはいきません。私は、チャミをしかりつけました。以降、祭壇へお供えする水は、ほんの少しにしたこともあってか、チャミはお水遊びはやめました。が、相変わらず、祭壇のご飯を先に食べ、その後で自分用に置かれたエサを食べています。時には、ご飯を食べ、お水を飲み、お昼寝することもあるようです…。
●初七日
マツの初七日は、平日となってしまったため当日にはいけず、土曜日は学校があったため、日曜日に葬儀をしたお寺へ出かけました。今度は、たった一人で…。彼とはケンカをした後で、一緒に来てもらうとなんだかマツとの大切な時間に泥を塗られるような気がしてしまったのと、マツとのことを大切にしたいと思うのは私だからであって、彼が同じように大切にできない以上、一緒に来てもらってもムダだと思ったからです(でも、心の片隅には一人では心細いから一緒に来て欲しいという気持ちもあったんですけどね)。
彼が来てくれれば、私はマツの骨壷を抱いて助手席に座っていれば良かったのに、意地を張って自分で運転していくことにしたため、さて、骨壷はどうしたものか…と。股にはさんでアクセルを踏むのも辛そうだし、助手席に置いて万が一急ブレーキをかけるようなことがあって骨壷が割れてもイヤだし。結局、骨壷を助手席に置き、私の上着をかぶせ、シートベルトをかけていくことにしました。
この日、お寺では何やらイベント(?)があったようで駐車場が空いておらず、申し訳ないけれど路上駐車をさせてもらいました。野良猫たちを見ながら境内を進み、受付へ。
「初七日の法要お願いします」
というと2階に案内されました。そこでは、何組かの家族が法要の順番を待っていました。また、お骨を預けるための棚も並んでいて、次から次へと人がやってきており、どの棚も犬や猫の写真、お供え物でいっぱいでした。私は順番が来るまで、マツの骨壷をしっかり抱いて、それらを眺めていました。その内に、どんどん哀しくなってきてしまい、自分の番が来る頃には、涙で顔がグシャグシャになっていました。お経が済んだ時、マツはいつ生まれ変わってくるのかを聞こうと思ったのですが、なんとなく聞けませんでした。獣医さんから心無いお坊さんがいると聞かされたので、その人にあたって、嫌な思いをするのが耐えられそうになかったからです。
帰りの境内で、マツのように真っ白な猫を見つけたので、携帯で撮影しました。その子の写真は、陽だまりでマツを撮った時みたいにハレーションを起こしていました。また、葬儀の時、私を慰めてくれた牛くんみたいな黒白の猫も見つけました。が、今回は慰めてくれるどころか他の猫を追い払ってエサを独り占めしようと必死で、見向きもしてくれませんでした。そんな牛くんも携帯でパシャリ。
その内に涙も収まってきたので、マイカーを自宅へ向けて走らせました。途中、マツの死の翌日に子どもを生んだ友達の家に寄ろうと思い立ったのですが、子どもは未熟児で別の病院におり、本人は退院したもののご主人の実家で療養中ということが分かったので止めました。命が生まれるということは、大変なことなんだなあと思いました。
●月命日
第一回目の月命日。つまり、マツが死んで1ヵ月目。朝はその事実に気付いていなかったのですが、この日、たまたま会社で「私が飼ってる猫」の話になり、時間が経つにつれ、「今日で一ヵ月」という事実がどんどんリアルになってきて、どんどん気持ちが暗くなっていきました。
ほったんは、メンバーの一人が他社の社内報の中にデブ猫ちゃんの写真を見つけたこと。
「この猫大きいね。MYちゃんのとこはどのくらい?」
「多分、その子より大きいと思いますよ。9キロありますから。10キロの米の袋から1キロひくだけなんで」
「うち、お米9キロで買ってるんだよね…。そんなの重くて抱っこできない(笑)」
「私が寝てるとドーンと飛び乗って来たりしますからね(目も覚めるわけだよね)(笑)」
この会話をしながら、内容を振り返っていたのですが、まず、9キロあると現在進行形で語ってしまった自分に気付き、ああ、まだ消化できてないんだなと思いました。それから、
「でも、死んじゃったんですよ」
というタイミングもあったのに言うことを考えただけで涙が出そうで言えませんでした。また、10キロから1キロひいただけという表現が自分の中にジワジワと浸透していき、お米の袋を抱えてる自分の図を思い、その袋を丸くなってるマツに差し替え、重さを感じ、幸せだった頃を思い返している自分にも気付きました。
ここまでの日がとても長かったなあと…。でも、やっぱり少しずつ悲しみが薄まってはいるなあとも思いました。そしてまた、マツが死んだ日の途方もない喪失感とか、抱えきれないほどの自責の念とかを、あの時感じた重さでは感じていない自分を、責めたくなったりするのだけれど。
帰宅時間になる頃には、心の中は涙でいっぱいになってしまい、電車の中ではもう止まらなくてポロポロ涙を流しながら帰りました。と言っても、あんまり号泣していてはみっともないので、目にハンカチを当てて涙を吸い込ませていたんですが、隣りに座ったおばちゃんが気付いたようで不思議そうに見ていました。
●四十九日
はっきりって、日ごとに哀しみは薄れていき、マツのことを思い出しても涙が出ない日も増えてきています。この日は、朝からぐずついた天気でしたが出かける頃には雨もやんでいました。
今回は、彼の車でお寺へ向かいました。途中、「なんで四十九日なんか迎えてるんだろう。なんでマツは生きてないんだろう。ここまでものすごく長かったけど、まだマツが死んでから49日しか経ってないの???」と思ったら、泣けてきてしまいました。自分がお寺でお経をあげてもらわなければならないというシチュエーションにいること自体が、理不尽な感じがして…。
お寺の境内は、あいかわらず猫だらけで、以前写真を撮った黒白の猫ちゃんがまた出迎えてくれました。その猫を見ていたら、空から猫の声が。正確には、お寺の屋根から木へと猫が飛び移る際に鳴いたのですが、まるで空から聞こえたようでした。お経をあげてもらう際、マツの骨壷が祭壇に置かれたのですが、白い袋がポワンと光ってしかもちょっぴり膨張して見えて、マツにそっくりだと思いました。その様子を見ていたら、また涙が止まらなくなってしまって、お経の最中、ずっと泣いていました。私がお経の最初の方に焼香したため、お経の中盤ではもう焼香の煙が出ていなくて、もう一回しようかな?と思っていた矢先、彼が再度焼香してくれて、とても嬉しかったです。
お経が終わると、私が泣いていたのを見かねたのかお坊さんが、
「四十九日というのは、マツちゃんが生まれ変わる節目に当たるので、お家でもいいところへ生まれてこられるよう手を合わせてあげてくださいね」
とおっしゃいました。私は、お経の最中ずっと、聞きたいけどお坊さんが嫌な人でイヤなこと言われたら立ち直れないから黙っておこうと思っていたことを、聞いてみることにしました。
「何に生まれ変わるかは分からないですよね?」
せめて動物に生まれるのか、人間にうまれるのかでも分かれば、マツを探せるかもしれないから…。でも、
「それはさすがに」
お坊さんも苦笑です。私は続きを話しました。
「ばあちゃんが、動物は畜生道だから動物にしかなれないって言ったんで(ごにょごにょ)」
「昔の人はそう言いますけど、いろいろな解釈があるので今は違う考え方もあるんですよ。六道というのがあって、畜生道の次が人間界、そして天界というのがあるんですが、行いがよければ畜生道の者でも人間になれるし、人間でも徳を積めば天界にいけると言います。ま、畜生道より下は考えなくてもいいですよ。いいところへ生まれてこられるよう祈ってあげてください」
ネットで検索した、現世にいる人の祈りが死んだ人の徳を積むことになるっていうのを信じたわけではないけれど、これだけ私がマツを愛していることが、マツが良い子だった証のようなものだと思うから、マツはきっといいところへ生まれ変わってくるだろうと思いました。見つけてあげられるかな?
帰り、さっき出会った黒白の猫が、私の方へにゃーにゃー鳴きながら近づいてきてくれたので、しばらく撫でてあげることにしました。お尻も汚いし、目も汚くて、あまり健康体ではないと思われたので、チャミへの感染が気にはなったけれど、火葬の時、牛君と名づけた猫が慰めてくれたみたいに、この子も慰めてくれているような気がして…。また、初七日に撮影した白猫さんも探してみたのですが、たぶん、そうじゃないかな?と思う子にも会うことができました。私の気が済んで、お骨を手放そうと思える時がきたら、このネコネコ・ワールドのお寺に預けるのもいいかもしれないと思いました。
家に帰ってから、また哀しくて哀しくて気分も悪くなってきてしまったので、お昼寝することにしました。何時間寝たのかは分かりませんが、私には睡眠逃避は一番効くみたいで、目覚めたら少し気分がラクになっていました。
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